結婚白書Ⅲ 【風花】


「桐原さん 私が課長をお送りしますから どうぞ先にお帰りください」


「あら いいの?それじゃお願いね」



そう言うと朋代は自分のマンションの前で さっさとタクシーを降りてしまった



”川本さん 遠野課長をお送りしてね おやすみなさい”と

朋代の口調は冷たく 私を見ることなく立ち去った



私のマンションまでついてきそうな気配の川本さんを説き伏せ 

彼女を家に送り届けてからようやく帰りついた

玄関の前に朋代が立っていた







「彼女 すごいわね 人の目なんて全然気にしてないもの」



シャワーを浴びた彼女の首筋は ボディーソープの香りがした



「朋代がタクシーを降りたときは驚いたよ 

こっちを見もしないし 怒って帰ったのかと思った」


「怒ってません」


「その口のとがり具合は 相当怒ってるなぁ 君でも妬くんだね」


「そんなことありません」



不機嫌そうな顔の朋代が可愛らしく見えた

いつもならすぐに反応する体が 今夜は拒む姿勢をとっている



「君に嫉妬してもらえるなんて いい気分だね」


「もぉ そんなんじゃありません」



ゆっくり後ろから抱いて 襟元から手を滑り込ませた

胸に届いた手の動きに 朋代が甘やかな吐息を漏らす

彼女を抱き上げ 寝室へ運んだ





「朋代 そろそろ機嫌を直して欲しいな」


「嫌です 今夜の遠野さんは意地悪だわ」


「意地悪って 僕が何かした?」



バスローブの紐をほどき 布をすべらせた

シャワーのあとの肌は 艶やかに潤っている

抗議なのか 朋代がくるりと背中を向ける

私は なだめるように 後ろから体を沿わせた

耳に唇を寄せながらささやく



「何が不満なの 教えて欲しいな」



朋代の口から小さな息が漏れた



「……川本さんにあんな顔をするなんて……」


「なにを言っている 彼女は部下だよ それ以上でも それ以下でもないよ」


「でも 遠野さん 迷惑だって言いながら彼女に優しすぎるもの

あれじゃ川本さんが誤解しても仕方ないわ」



いつもの彼女らしからぬ言い方

拗ねている様子が可愛くもあった 

肩へ口づけ 背中へと降りていく私の唇に

少しずつ反応しながらも 朋代の口はまだ素直になってこない




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