結婚白書Ⅲ 【風花】


いつもはシャワーだけの入浴も 実家に帰ると浴槽にお湯をはり 

ゆっくりとつかる

浴槽に身を沈め 今日の出来事を思い返していた

いままで口を閉ざしていた父が 私のことをあんな風に思っていたなんて……


彼が離婚しても それ以前の関係にこだわっている父

子供を犠牲にした結婚など 認めるわけにはいかないと言われた

母の言葉がよみがえる 初めて母の気持ちを聞いた

ただ 闇雲に反対していたのではないと

どれほど私が心配をかけていたか どれほど私のことを案じてくれていたか

けれども かたくなな父に どうやって話をしようか 思いあぐねていた


真夜中の浴室は 外の音をすべて遮断したように無音だった

時折 水音が響くだけ

静けさが 頭の中をクリアにしていく


父に どうしたら気持ちが伝わるだろうか……

ため息とともに浴槽の水面に目を落とすと 左足の内側に痣があるのが

目に入った

こんなところ いつの間にぶつけたのかしら……



「あっ……」



静かな浴室に自分の声が響き渡った

こんなところに……ふふっ

痣の理由がわかり 三日前の密やかな夜が思い出された



「地方出張のあと本省で研修があるんだ 10日以上の出張になるよ」



彼は 私の体の隅々にまで口づけていった

柔らかい感触と 時折 強い刺激を感じたことが思い出され 体が一瞬火照った

そして 彼に抱きしめられているような錯覚にとらわれた


もうどれくらい前になるだろうか 衛さんと思いを打ち明けあった時

罪悪感にさいなまれ 辛い夜を過ごしたあと 鏡で見つけた彼の名残り

あの時は 言い知れぬ哀しさだけが全身を覆ってきた


でも今は違う 肌に残された小さな痣 

それは 言い尽くせない幸福となり私の体を包んでいる

彼の名残りが愛おしくて 指でそっとなぞってみた



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