結婚白書Ⅲ 【風花】


彼のいない一週間が過ぎていく 

いないとわかっていても つい目をやってしまう課長席は空席のまま 

今まで出張に行くと 必ずくれた電話も 今回はそれもない 

時折メールがくるが 研修の疲れか短い文面が多かった




「桐原さん 寂しいでしょう」



そっと話しかけてくれたのは 仲村課長だった



「管理職研修はハードだからね おそらく電話をする暇もないんじゃないかな」


「そうみたいです」



私の答えに ”やっぱりね” と笑っていた



「桐原さんは ご両親に大事に育てられたんだろうね 本当にそう思うよ

私も三人の娘の父親だ 君のお父さんのようになりたいね」



突然のそんな言葉を 不思議そうに聞く私の肩を ”ポン” と叩いて 

仲村課長は立ち去った 



父から電話があったのは その夜だった



「遠野君が帰ってきたら 一緒に家に来なさい 

許すかどうか それはなんとも言えないが とにかく話を聞こう」


「お父さん 本当?」


「昨日 協会の忘年会があって仲村課長も一緒だった 

そこでお前たちのことを聞いた」


「私たちのことを?」


「仲村課長は二人がどうだと そんなことは何も言わないよ 

こっちが聞きもしないのに 遠野君の真面目さと お前の仕事ぶりや

気配りに助けられていると そんなことを話してくれた」



父の声は落ち着いていた 



「仲村課長に お父さんが礼を言っていたと お前からも伝えてくれ 

朋代 いい上司にめぐり合ったな」


「うん……」



だから 昼間あんなことを……

課長が父に話をしてくれたに違いない 

仲村課長と夕紀さんの優しい顔が思い出され 胸にさまざまな想いが

こみ上げてきた 

受話器が滲んで見える


すぐに衛さんに電話をした 

昨日で研修が終わり お姉さんの家に滞在しているとメールが来ていた



「やっと研修が終わったよ 久しぶりに絞られたな 

こんなに勉強したのは学生のとき以来だよ

朋代 様子が変だけど また何か……」



一週間ぶりに聞いた彼の声 

話すことはたくさんあるのに 声が詰まって しばらく話ができなかった
 




< 83 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop