結婚白書Ⅲ 【風花】
「桐原さん 結婚するそうですね」
話しかけてきたのは川本さんだった
私と視線を合わさず やや斜めに顔を向けながら抑えた声
「私……まだお祝いを言う気分にはなれません 課長のことだってまだ……
桐原さんのこと 何度 みんなに言ってしまおうかと思ったか
遠野課長を誘惑したひどい人だって 貴女が困るようなウワサを流せば
課長の気持ちも変わるかもって……」
「川本さん」
「でも そんなことしても自分が惨めになるだけだってこと
それくらいわかりますから」
「ありがとう 助かったわ」
「お礼なんて言わないでください 私 課長のために我慢したんです
桐原さんのためじゃありません
私が二人のことを言ってしまったら 困るのは遠野課長だと思ったから」
一度も視線を合わせることなく それだけ言うと 川本さんは私の前から
立ち去った
彼女の背中が堂々として見えた
彼への気持ちは真剣だったのだと 私に告げているようでもあった
後日 川本さんから結婚祝いが届いた
添えられたカードには
『おめでとうございます』 と それだけ記されていた
「退職すること みんなに言ったんだね」
衛さんは 私が同僚に言い出しかねているのを知っていた
いつも 早く言わないと後が困るよと言われていた
「このネックレスが助けてくれたの 女の子たちが気がついたの……
ありがとう」
「はは 僕は何もしてないよ
でも 初めてのプレゼントがこんな形で役に立ったとは嬉しいね」
彼も転勤を控え 仕事量が増していたが 以前のような厳しい顔ではなくなった
初めて会った頃は 険しく厳しい顔が印象的だったが 今は穏やかに
落ち着いた様子に変化していた
今度の休みに結婚指輪を見に行こうと 優しい顔が語りかける