恋とくまとばんそうこう
「初めは、冗談なんじゃないかって思ってた。俺、千葉には嫌われてるって思ってたし。」
えっ?!と驚く彼女に俊は一瞬目を丸くした。
まさか自覚がなかったのだろうか。
「だって、あからさまに避けてただろう?」
「…あーー…。」
なにか心当たりあったのか気まずそうに視線を泳がして黙り込む可愛い彼女を見て、俊は可笑しくて仕方なくなり思わず笑ってしまう。
するともうだいぶ軽くなった胸からするすると言葉が出てきた。
俊は長く甘く苦しい一年間を思い出しながら彼女にとつとつと話す。
自分が、どんな思いで貴女の歌を聞いて来たのか。
どんなに、ギリギリのラインに居たのか。
…流石に手元に来る事のなかった会話で耳にしただけの品々の話になると、彼女は明らかに狼狽え顔色を赤や青にして頭を抱えていたのだけれど。
そんな彼女の慌てる素振りがまた俊の笑顔を誘う。
今まで散々振り回されてきた相手が、今は自分のたった一言一言にこんなにまで反応してあわあわと頬を染めるなんて、ちょっとした優越感だ。
「そんな訳で、」
「あ、は、はい。」
俊の改めたような一言に彼女は猫のように飛び跳ねて背筋を伸ばした。
「俺はここ一年、…まぁ勝手に期待していた事には変わりないんだけど、とにかく何度も肩すかしを食らって、……若干、もう諦めかけてた。このまま、うっすらあった接点もなくなって、千葉もだんだん俺に飽きて、そのままフェードアウトするんじゃないかって。」
その言葉に驚いたのかブンブンと首を左右に懸命に振る彼女がやっぱり可愛くて。
俊は頑張って隠して来た、自分でも信じられないぐらい強くて鋭い思いの矛先を自然と彼女の瞳に標準を合わせてしまう。
「でも、ダメだな、と思った。それじゃダメだ。俺、本当に何もしてない。」
本当に。
本当にダメだった自分。
こんなんじゃ飽きられてしまっても文句はいえない。
もしそんな事が起これば、どれだけ後悔することになっただろうか。
「そんな風に思っていた矢先だった。昨日、千葉が歌ってただろ?“過ぎた過去を後悔するなら、今すぐにでも前に進め”って」
え?とまるでその内容に初めて気がついたように目を丸くする彼女がほうっと口を開いた。
「…すごいね。聞いただけで…。」
「俺、英語9だから。」
本当は和訳して遊んだ事があった事は伏せ、おどけたように俊が言う。
「でも歴史は赤点。」
「あはは、私逆だー。」
ふわりと。
まるで目の前で白くて柔らかい花が花開いたかのように彼女が自分に笑いかけた。
あれだけカチコチに固まって避け続けた彼女が。
この自分に。
「…あ、やっと笑った。」
今彼女はわかっているのだろうか。
俊の中に衝撃と凄まじい喜びが駆け回っている事を。