クリスマスの夢 ~絡む指 強引な誘い 背には壁 番外編~
クリスクス前夜
「先輩!! 寝過ぎ!!」

 佐伯の声だということに、すぐに気付いて目を開けた。

「宮下店長呼んでますよ!! 」

 白いテーブルに伏せていた身体を上げようとして、カタンという音に気付いた。

 トランシーバーのイヤホンが外れ、下に垂れ下がっている。

「寝てた……」

 スタッフルームで食事の後、少しだけ……と顔を伏せたつもりが、寝過ごしてしまったらしい。

「分かってますよ!! 早く立って!! 

 多分10分以上前から呼んでますよ、宮下店長。一旦電話してたけど、フリーがいないって怒ってます」

 香月は、目の前の佐伯の名札が「佐伯」であることを確認する。

「最悪だ……」

 なんとか立ち上がり、佐伯の後をついていく。

 長い、夢をみていたような気がする。

 夢の中で佐伯は「最上」だった気がしたが、やはり佐伯は佐伯のままだ。

「宮下店長……」

「何ですか?」

 なんとなく口に出しただけだが、速足で走りながらも佐伯が話を聞いてくれようとする。

「いや、どんな風に怒ってた?」

「さっきから宮下店長が香月先輩のフォローしてます」

「……涼しい顔して内心怒ってるね」

「結構顔も怖いですよ」

 階段を下りて、ようやく売り場に出る。そこには、香月の代わりにフォローに入っている営業スマイルの宮下が目に入った。

「すみません!!」

 我を忘れて、佐伯を抜き、すぐに宮下に取り入る。

「すみません、寝過ごしました!!」

「それはいいから早くこれ包装して。クリスマス用に。のしはいらない。こっちが赤、こっちが青。できたらあそこで商品見てるお客様に渡して」

 早口での説明も全て余すことなく聞き入れる。

「はい」

 返事はそれしかいらない。

 宮下はこちらの返事を聞くより先にトランシーバーのマイクのスイッチを入れて、イヤホンからの質問に答えながら、離れていく。

 12月23日の祭日。24日と25日もそれなりに忙しくなるために家電量販店ではほとんどの従業員が出社のため、クリスマスだからといって、プライベートのイベントに浮かれているような人物はこの職場にはいない。

 のが幸いか。

 人のプレゼントを無心で包装しながら、香月は仕事モードに戻って行く。

 リボンをつけ、袋に入れた後、笑顔でお渡しが完了して、次の仕事を受け入れていく。

 レジカウンターに入りディスプレイの時計を確認する。午後6時。ということは、さっきのはお昼休みだったようだ。

 寝過ぎて時間の感覚が乱れている。

 佐伯が最上になって、西野と自分が結婚したような夢を見た。

 いや、自分は別人と結婚したのだったか……曖昧だ。

 考えてみれば、面白い夢かもしれない。

 後で佐伯に話してみよう。

 トランシーバーのイヤホンから西野がキャンペーン商品を2台売った報告の声が聞こえた。香月は一番に

「おめでとうございます」

と覇気をかける。

 続いて佐伯が

「さすがですね、おめでとうございます」

と、含み笑いを込めて褒める。佐伯がこうやって含み笑いをしている時は、相手を見ながら言っている証拠だ。おそらく西野が携帯コーナーの近くを通ったのだろう。

 何も見なくても、声のやりとりだけでお互いが伝わってくる。

 更に目を光らせていると、いつも宮下を贔屓にしている老夫婦が入って来た。使い古した蛍光灯を持っているので、電池コーナーで従業員に指示を出している宮下に遭遇し、接客を受けようとするに違いない。

 が、その後からその老夫婦を追い越すように若い女性が入って来た。

 こちらも宮下を贔屓にしているのだが、またこの女性が面倒で時間がかかる。

 香月はすぐに他の従業員にカウンターから出る旨を伝えると、老夫婦の方へ向かった。

「香月―、蛍光灯コーナー周って」

 宮下の指示がイヤホンから飛ぶ。

「はい」

 返事をしたが、その時には既に宮下と目が合うほどの距離まできていた。

 香月は素早く老夫婦をつかまえ、蛍光灯を一緒に選んであげる。

 一瞬の隙もない自分自身の判断力に満足する。

 それと同時に宮下も満足していたに違いない。

 香月という従業員は上司である宮下に育て上げられたようなものであり、宮下なしでは仕事にならないほど、信頼し尊敬して憧れ続けてきた人物でもあった。


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