クリスマスの夢 ~絡む指 強引な誘い 背には壁 番外編~

クリスクスディナー



「すみません、お料理教室にお誘いしようと思っていたのですが、試験が重なってしまいまして……」

 突然何を謝罪し始めるのかと思ったら、とんでもなく嘘くさい理由だったので、一気に心が冷めて行くのが分かる。

 クリスマス前々夜、つまり12月23日に国際ホテルに現れた烏丸は、真っ赤なコートに真っ白なブーツというサンタ以外の何物でもない、かなり目を引く衣装だった。セミロングのライトブラウンも、下の方でカールされていて、帽子がないのが残念なくらいだった。

「……いえ……」

 また、今度という言葉を言いかけてやめる。香月は社交辞令が苦手な一般人だ。

「……あら、今日は時計をされてないのですね」

「あっ!!!」

 言われてすぐにお気に入りのベージュのコートから出た右手首を見た。また、忘れた……。

「あぁ……時計、つけたり外してたりすると、忘れるんですよね……」

「アクセサリーならつけっぱなしでも大丈夫ですけど、時計はお風呂の時に外すから、忘れますよね。でも時計に拘りがあるなんて素敵、さすが大人です。私なんて、ちっとも詳しくなくて」

 と、真紅のコートから出た白い手首には、高級そうな時計が付けられている。

 香月はそれに気づかないふりをして、天井を仰いだ。

 そろそろ、2人を乗せたエレベーターは最上階、スカイ東京に着く。

 巽とは別の便で行くことになったせいで、ロビーで偶然烏丸と鉢合わせてしまい、食事をする前からどっと疲れた。

「今日は四対さんの方からお誘いしてくださったんです」

 予告と違う成り行きに、香月は思わず丁寧に化粧が施された顔を見た。

「23日なら空いてるって……。

私は今日、本当は父について韓国に行く予定だったんですけど、もちろんキャンセルしました。だって、こんなチャンス、滅多にないんですもの」

 チークが濃く塗られているせいか、若さで頬が色づいているのか、四対への恋心がそうさせるのか……香月はどれでもいいか、と思い直して前を向いた。

「……けど、オーストラリアに行きたかったですね……」

 階数を現す表示を見ながら呟いた。いや、烏丸が行きたがっていたのはクルージングの方だったか。

「いえ……もう、十分です。また会いたいと思って下さっただけで、十分です……」

 その、揺れる柔らかな笑顔を見た瞬間、四対にはこういう人が似あうのではないか、と冷静に思った。

 それくらい、柔らかで、暖かい自然の笑顔だった。

 もしかしたら、四対もその笑顔に気付いて、思い直してデートに誘ったのかもしれない。

 それはそれで……いいのかもしれない。

香月はそう思いながら、ポンと音を立てて開いたエレベーターの扉から、先に静かに降りる。

「よ」
 
エレベーターの扉の前で待っていたのか、今来た所なのか、四対はこちらを見ながら軽く挨拶をした。

 続いて後ろから烏丸が下り、少し離れた所で電話をしている巽も入れて、無事4人が揃った。

「俺の名前で予約いれてっから」

 四対が、誰もいないエレベーターを見ながら、どうしてそんなことを言うのだろうと不思議に思っていると、グイと腕を後ろに引っ張られた。

 驚いて、よろけそうになるが、しっかりと受け止めてくれて転倒せずにすむ。

 四対に腕を引かれた香月は、今降りたばかりのエレベーターに2人入っている状況に、驚いて声が出ない。

「……じゃ……」

 扉は簡単に閉まる。

 最後に見えたのは、烏丸の赤い唇があんぐり開いた恐ろしい形相と、巽の睨む険しい顔だけ……。

「ちょっ……!!」

 香月は慌てて体制を立て直し、四対を見上げた。

「ちょっと、何してんのよ!! 上!! なんで今下なの!? 」

「いーじゃん別に。一応約束は守ったんだし」

 四対は隅にもたれるとへらっと笑ってこちらを見下げた。

「何なの、なんなの!? 今日みんなで食事するって、ここで食事するって約束じゃん!! 何の約束守ったつもりなのよ!!」

「俺疲れてんだよ……うるせーよ……」

 四対はふいっと顔ごと逸らすと、本当に疲れたような表情を見せた。

 一般人とは違う四対のことだ。世界中のすごい人達との会食や商談で一日が終わって行くのだろう。

「……忙しかったの? 今日……」

「今日はこの時間のためにスケジュール詰めて大変だよ。俺、ここ来る前に一回飯食ったんだよね」

「矢松大臣?」

 それしか知らないので、その名前を出す。

「いや……まあどうせお前の知らない奴だよ」

「……このまま帰るの?」

 香月は四対を見つめて聞いた。

「漫画喫茶行こうぜ」

 突然、信じられないほどの笑顔を見せる。

「まっ……漫画……」

「略して漫喫」

 表情はこの上なく明るいし、何故か嬉しそうだ。

 再びエレベーターのドアが開き、四対は先に出た。

「私……行けないよ……う……」

 上で待ってるから……。

 そう思っているのに、手を引かれると振り払えない。

「分かってるよ。けどアイツ、烏丸と2人の方が何かと都合がいーんじゃね?」

 仕事のことか……、もちろん巽が烏丸を仕事以外で相手にするはずがない。

それと同時に巽も、こちらが四対と何かあるなど思っていないに違いない。

 その証拠に、携帯も鳴らない。

 もしかして、これは四対の作戦ではなく、四対と巽2人のアイデアだったのかもしれない。

 香月は引かれる腕をそのままに、速足で歩きながら、巽のことを自分なりに信じた。

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