クリスマスの夢 ~絡む指 強引な誘い 背には壁 番外編~


「さむーーーーい!!!」

「だから着ろっつってんだろうが!!」

「いーよ!! 私自分の着てるし!!」

「生地がちげーんだよ!! それ脱いでこっち着ろ!!!」

 四対はこの凍えるほどに冴えた夜の街をまさかのオープンカーで走ろうとしていた。

 香月もコートを着ているには着ているが、下はワンピースだし、冷えることこの上ない。それを察して自分の毛皮のコートを脱いで手渡してくれたのだが、その下のスーツ姿を見ると易々と受け取る気にはなれなかった。

 絶叫しながら少しだけ走って路駐し、オートで屋根をつけることにする。自動で天井ができていくのを待ちながら、それでも寒さから震えが止まらなかった。

「……安物のコートは冷えるって言いたかったんでしょ」

 四対は何も言わないが、たかが3万円のコートなど安物と思っているに違いない。香月は、彼の姉に靴を馬鹿にされたことを思い出しながら続けて聞いた。

「……そのコート、いくら?」

「コート一枚じゃ寒いだろっつったんだよ」

 寒かったのか、そのまま毛皮のコートをもう一度着直す。

「四対さん、何も言わないよね……。あ、言うか……。リンゴの皮なんか豚のエサだって」

「は!? 何の話だ……よ……」

 真剣な顔をしていることに気付いたのか、四対は黙って香月を見つめた。

「あの人。服、買って来いってカード渡してくれるけど、私には高価な物は似合わない気がするの……。

今日の烏丸さんの服、綺麗だったよね、時計も良さそうだったし。

でも、私も恥かかないつもりで選んでるの。

 この前……。あの日、副社長もいた日。

 靴が変だって言われた……」

「……姉貴か……」

 四対は大きく溜息をつく。

「確かに、人は第一印象が大事だ。とにかく、一番大切だ。だから、そういう意味で、身に着けている物で評価されることも多い。

 一般常識だよ。人は見た目で決まる」

 そう言われればそうかもしれない。

「けど、あの人は何も言わない。私のファッションセンスとか、色んなことに対する知識とか、色々思っていると思うの。けど言わないの!」

「アレが思ってて言わないタチかよ……。思ってないからいわねーんじゃね?」

「……私の見た目……できてないじゃん! できてないのに……どうこうしろとは言われない……」

「言ってんじゃねーかよ。ロレックス。

お前の趣味でもなんでもなく、あれが婚約の証として選ばれたのなら、思いっきり言ってるようなもんだよ」

 ほの暗い中、四対の目が綺麗に光る。

「せめて時計くらい持てって思ったんだろうよ」

「けど私、なんか、仕事にあんな高価なロレックスしていくのとかなんか、身分違いな気がして……外していくの。
 
 最初はつけてたんだけど、周りから聞かれるのが嫌になって。

そしたらね、今日も忘れた……」

「…………。ま、いんじゃね?」

 赤いフェラーリはウィンカーを付けて、車道に入って行く。

そういえば明日はクリスマスだ。巽は仕事だが、夜には帰れる予定になっている。それを思い出し、香月は、今の会話を吹っ切るように明るい声で聞いた。

「どこ行く?」
「漫喫」

「ほんとにー? なんか他のとこ行こうよ。そんなのクリスマスに相応しくない」

「じゃどこだよ。俺的にはいつも行けない所にいつも行けない人と行くとしたら、漫喫かなと思っただけで。お前、好きそうだし」

「行ったことあるけどわざわざこの日に行かなくてもいいじゃん!! ……そうだねえ……。クリスマスといえば? 教会とか?」

「……なんか祈りたいことでもあるの?」

 四対はまっすぐ前を向いたまま聞いた。

「違うよ!! クリスマスに教会って言ったら、なんか結婚の約束とか?」

「……思い込みじゃね?」

「……そうかなあ……。えーと、じゃあ、うーん、ツリー。見に行く?」

「んなもんその辺中にあるし」

「……やっぱオーストラリアに行けばよかったね。私、いっつもそう思うの。オーストラリアに行けばよかったーって。でも、行かなくて良かったじゃんって、流れになることが多い」

「今の時期はみんな忙しくて行けねーよ。お前だって仕事休めねーだろーが」

「……そうだけど……。

 ねえ、これどこに向かって行ってるの?」

「んだからそれを今考えてるんだろーが!! 漫喫却下、ツリーも却下」

「お腹すいた―。私、食べてないんだー」

「じゃ無難に飯行くか」

「無難すぎるよ。…………ケーキ作ろう」

「は?」

 四対は運転中でもしっかりこちらを見ながら聞いてくる。

「クリスマスケーキ!! うち……は、ダメだけど」

「うーん……小さいキッチンで良かったら、ある」

「どこ!?」

「ビルん中」

 ここから四対ヒルズビルまで、10分程度で着く。適当に走り続けていたようだが、実はうまい具合に良い方向に流れていた。

「よーっし、まずね、ケーキのレシピが載ってる本を買うの。スーパーで、で、そのまま材料買う」

「……でも、何もねーぞ?」

「買えばいいじゃん。どうせ砂糖と小麦粉とか。余ったら私、持って帰るし、そんな高くないよ」

「いや、機材だよ」

「あ、ハンドミキサーね……。大丈夫、2340円で売ってるよ」

 香月はここぞとばかりにホームエレクトロニクス勤務の威力を発揮する。

「あっそ……まあいいよ。お前の好きなようにすれば。じゃまず、スーパー?」

「うんうん、行こう、行こう!! 高級なところ行こうか、せっかくだし」

 香月はわくわくしながら、四対御用達の店はどこだろうかと期待する。

「お前……腕に自信ねーのかよ」
 
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