クリスマスの夢 ~絡む指 強引な誘い 背には壁 番外編~
クリスマス

「どうしたの? 最悪のクリスマスだったって顔してるね」

と、もし誰かに聞かれれば、一部始終をぶちまけて、せいせいするはずだったのに。

 残念ながらこの年末の忙しさの中、香月の表情など一々気にしている者は、誰もいないようだった。

 その証拠に、今日は誰ともろくに会話ができず、ただひたすら本社でデスクワークに追われている。

 こんな時こそ寄り道してパーッと飲んで帰りたいのに、もしかしたら、朝家を出た後に時間差で巽が帰宅して、謝罪するのを待っているのではないか、という妄想ともいえる期待から頭が離れずにいた。

 それだけを支えに、キーボードの上を指が滑るように動く。

 昨日は店舗に応援に行っていたので、基本業務のメール処理などが2日分溜まっていて、しなければならないことが山積みの上中途半端になっていくが、昼休みを返上して、遅れを取り戻していく。

少しでも、早く家に帰りたい。

その想いがどうにか通じてか、残業も一時間だけで終わることが出来、ようやく一日一緒に乗り切ったパソコンの電源を落とす時になって、思う。

今日も……帰宅しなかったら、どうしよう……。




仕事をしている最中は、マンションのロビーから部屋のドアまで走って帰る姿を想像していたはずなのに、今は今夜も帰って来なかったらこの先どうすればいいのだろうという不安が生まれたせいで、足が思うように前に出ない。

いつもの午後7時なら、巽は間違いなく居ない。

居ない方が自然な時間帯なのに、今日はいるはずだと過信してしまったせいで、居ないことが逆に怖くなる。

玄関の前まで来ると、落ち着いて、ゆっくり、カードキーをスライドさせる。

ドアノブに手をかけ、ゆっくりとひねり、中を覗く。

「…………!!!」

 黒い皮靴がいつものように、綺麗に揃えられていることを確認した途端、ヒールを脱ぎ捨ててリビングへ走った。

「……」

 ホームウェアを着て、ソファに寝そべったまま、巽は顔だけ向けてこちらを確認した。

「…………」

 香月は言いたいことが次々溢れてくるのに、全て喉で消化してしまったかのように、口からは何も出てこない。

「昨日は悪かったな……」

 ソファから降りながら、巽は謝罪した。

 その瞬間、理由などどうでもよくなる。

 そこに、巽がいる。

 今ホームウェアで居るということは、朝まで一緒にいられる。

 長い間、2人きりで抱き合っていられる。

 それだけで十分なんだと、香月はすり寄り、両腕で堅い身体を思い切り抱きしめた。

「商談が長引いて……」

「あ、烏丸さんのお父さんも一緒だったんだね」

 それならそうと連絡をしてくれれば……無理か。烏丸の父親も名のある政治家だ。ということは、二次会やら三次会でディナーの後、クラブに行ったりして、飲んでホテルで寝ていたのだろう。

「あぁ。よく知っているな」

「え、知らないの? 烏丸さん、うちのお店に来たんだよ?」

 巽は考えてから、

「……父親の方が?」

と、真剣な顔で聞いた。

「まさか。萌絵さんの方だよ。なんか色々言ってたよー。あなた結構あの子に入れ込んでる? というか、父親の方に、よね……。

 とにかくさあ。あなたが私と四対さんのことを心配してるとか、なんか色々言ってきたよ(笑)。まあ実際そうに近いのかもしれないけど。

それで烏丸さんは、私が四対さんと会ってるか本当に仕事してるかお店まで見にくるだなんてさぁ。しかも副社長に居場所聞いてまで。

 うーん、でも、四対さんのことが好きなら当然かぁ。

 あ、それでオーストラリアなんだけどね。2月の頭くらいに4人で行ったらどうかなってことになったけど、どう? 烏丸さんは何十泊もしたいとか言ってたけど、私が思うに一番休み取れないのはあなたよねー」

「……そうだな……。四対は何と言っている」

「まだ何も。私が四対さんに知らせることになってるんだけどね。というか、烏丸さん、あなたに伝えるって帰ったんだけど、言わなかったんだね。忘れてたのかな」

 烏丸は四対が目当てなので、巽に伝えるのを忘れていても自然といえる。

「さあ……。今日の話はほぼ父親中心だからな。そういった無駄話ができる隙もなかったのかもしれん」

「そっかぁ……。4人でオーストラリアかぁ……。どうなのそれ? 四対さん本当に来るかな……今度こそはドタキャンできないよね……」

「3人でオーストラリアなんぞ、一番やっかいな展開だな。四対には釘を刺しておいた方がいい」

「……私が?」

「俺がか?」

 巽はいつも通り、こちらを見下す。

「……だいたい四対さんさあ、烏丸さんのことあんまり好きじゃないじゃん。この前見て分かる通り。それ考えたら、あの2人くっつけようとしてる私たちって結構無謀なのかもね……」

「まあ、どちらにせよ、烏丸の気の済むようにやればいいさ」

 言いながら、巽は唇をつけようとしてくる。

 その、適当な流れに香月はカチンときた。

「じゃあ私はどうなの?」

「何が?」

 巽は涼しい顔で言い返す。

「俺のことを思い詰めて、ろくに仕事もしないお前をか?」

 顎をとられ、上を向かされた。

 図星が恥ずかしくて、目を逸らす。

「会いた……かったし……」

 伝えなければと、感情で震える声をなんとか聞こえるように、言葉にする。

「ならそれらしく、していればいいんだがな……」

 それって一体どういう……。

 考え始めようとしても、唇が触れあい、全てがなかったことになる。

 慣れた手つきで服を脱がされ、待ち焦がれた指に触れられ、腕をとられただけで、全身が受け入れる準備を開始し始める。

 巽が好き。

 巽しかいらない。

 それ以外の、本当に何もいらないから。

「クリスマス……居てくれて、ありがとう……」

 ソファになだれ込みながら、胸板に顔を隠して言った。

「…………」

 何か言い返してくれたが、自分の高い声が上がってしまったせいで、聞き逃してしまう。

 ずっと一緒に居たい。

 明日の朝までと言わず、仕事を辞めて、死ぬまで2人きりでいたい。

 想いを込めて、服を掴む。

 「好き……」

 何度も、何度も言葉にする。

 言葉にしなければ伝わらないと、今できることの全てとして、「好き」と幾度も数えきれないほどに放ち切る。

 そして巽の体温は最高潮に最も熱くなる。

それはいつもと変わりないのに。

 巽は香月の想いに対して何も言い返すことはなく。

ただ静かに身体を休め、何事もなかったかのように、タバコの煙をくゆらせた。


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