クリスマスの夢 ~絡む指 強引な誘い 背には壁 番外編~

クリスマス・イブ


 クリスマスイブだということを忘れている人がほとんどだと思われる中、香月は無心で退社の準備をし、挨拶もそこそこに店を出た。

急ぎ足で高級ローストチキンを予約しておいた店まで取りに行き、不安をかき消すようにマンションへの家路を急ぐ。

 巽は帰って来ると言った。

 確かに、何時かは分からない。

だけど、帰って来ると約束をした。

 烏丸とのディナーが予定外で入ってしまったとしても、ちゃんと2人きりの食事だっていつも通りにしてくれる。

 するに決まっている。

 強く歯を食いしばり、部屋に入ってからは、食事の準備をどんどん追い上げていく。

 チキンはすぐに温められるように耐熱皿に入れてラップをかけておき、盛り付け用の皿には生野菜を、人参はしっかり星型に模り、ナイフやフォークも全て丁寧にセッティングしておく。

 あとは、巽が帰って来るのを待つだけ。

 ふと、窓ガラスに映った自分に気付き、ホームウェアで待つのもなんだし、ワンピースを着ようと思いつく。

 毛糸地だが、半袖のワンピースに袖を通し、鍵が開く音がするまではフリースを羽織ることにする。

 化粧も鏡を見直し、丁寧に手直しし、あとは待つだけ……。

 気を紛らわすために、リビングに腰かけてテレビをつけた。

 深夜のニュース番組は天気予報を流しており、時刻は既に12時に迫ろうとしている。

半袖の寒さからくる震えではない。

歯の奥がガチガチと震えた。

あっけなく、約束していたクリスマス・イブは終わる。

チキンを予約していたことはサプライズのつもりでナイショにしていた。

それが、まさか裏目に出るなんて……。

直したはずのメイクが流れて行くのが分かる。

だけれども、涙が止まらなかった。

最初は烏丸と2人きりでディナーをとっているいるということが許せなかったが、しばらくして、何がそんなに悲しいのか、分からなくなってきた。

それでも、明け方、いつものように帰宅したら、泣いてダダを捏ねようと思っていた。

そう思っていたのに。

クリスマス当日になったその日、25日の朝。

香月が出社する時間まで、とうとう巽が玄関の鍵を開けることはなかった。
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