クリスマスの夢 ~絡む指 強引な誘い 背には壁 番外編~
全ての始まりになる食事会

 目を開けた瞬間、ロレックスが見えていなかったら、夢から抜け出せなかったかもしれない。

「随分うなされていたぞ」

 低い声に、タバコの匂いと、白いシーツの感触。

「…………」

 もう一度視界に集中する。

 右腕に嵌めたロレックスの時計。これは日本に2本しかない限定品で、巽がシリアルナンバーの後にローマ字を掘らせた物に間違いない。

「夢か? 昔の」

 髪をゆっくりと撫でられて、ようやく心が落ち着く。

「……なんか言ってた? 私」

「いや……」

 ゴロンと、上向きになって、ここが現実であることを確認する。

 裸にシーツ、隣にはタバコをふかせる巽……いつも通りだ。

「夢、みた。クリスマスだった」

「クリスマス商戦の企画がどうとか言ってたからだろ。今はまだ11月だ」

 そうか……こっちが現実か……。

 ほっと一息ついて思う。

 本当にそれで良かったのか?

「……一つ聞いておきたいことがあるんだが」

 巽がこういう前置きをするときは、たいていとても重要なことだ。

「何?」

 香月は身体を起こして、その横顔をじっと見つめた。

「今日の夜、四対に食事会に誘われている。何故かその席にエレクトロニクスの副社長が来るようだが、お前も誘われてな。行くか?」

 眉をひそめた。

 土地の件が絡んでいることは間違いない。

「誰が私を誘ったの?」

「四対だ。今回は土地の件は関係ないと思うがな。もうあれは片が付いた」

「じゃあなんで私が必要なの?」

「別に必要じゃないさ。行くというのなら、連れて来てもいいということだ」

「って四対さんが言ったの?」

「…………」

 巽は何も言わずに新しいタバコを箱から取り出す。

 同じことを何度も言わせるな、ということだ。

「……どうしよう……。行こうか?」

「お好きに」

 タバコをくわえたまま喋るせいで声が少しくぐもる。

「……どうしよう……行こうかな……」

 つまりだって、会社の副社長との食事で彼氏を同席させるだなんて、なんかちょっと……いや、逆か。会社の副社長が別会社の社長と食事会をしようと思ったら、私が彼女だった……余計分かりづらい。

「行くに決まっているんだろう? さあ、服を買いに行くか?」

 そのセリフは巽の親切心でない。次にこちらが言いだすセリフが

「何着て行こう……」

 に決まっていることを予測しただけだ。

「そだね……。うーん、ベージュのワンピースにしよう」

「好きなのを買って来い。俺はまだ、仕事が残っている」


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