クリスマスの夢 ~絡む指 強引な誘い 背には壁 番外編~
 案内された個室に入るなり硬直してしまう。

「こんばんは」

 副社長は丁寧にも立ち上がって挨拶してくれた。そのせいじゃない、その隣にいる若い女も同じように挨拶したことに。

「こん……」

「まあ、挨拶はいーから、飯食おうぜ。俺腹減ったー。朝から忙しくてさ。どっかの誰かさんみたいに、昼まで寝られたら楽なんだけど」

 良かった、四対は普通だ。

 丸テーブルに、四対、香月、巽、若い女、副社長の順で腰かけているが、隣が四対で本当に良かった。

「……」

 四対がいたから私は今日来たのかもしれない。

 そう思って顔を見ていると目が合った。

「……姉貴に会ったのか……」

 言われてハッと思い出した。そうだ、あれは四対の姉だ!!

「悪ぃな、口悪くて。どうせ嫌なこと言われたんだろ」

 あ、私、そんな顔してるか……。

「お姉さんが一緒でも良かったのに」

 意外にも若い女が口を出した。

「……いや、今日はいなくて正解なんだ。もちろんいる方が正解の時もあるけど」

 四対が気を遣って喋っているのが分かる。

「そちらの方は?」

 巽が隙を見つけて副社長に聞いた。

「烏丸 萌絵(からすま もえ)さんです。烏丸幹事長のお嬢さんです」

「真籐さん、その紹介の仕方はよして」

 恥ずかしがりながら笑う現自由党幹事長の娘、烏丸は、まだ20代前半に見えた。ストレートの髪の毛を横髪だけとって後ろで結い、薄いピンクのワンピーススーツはとても若々しい印象を持たせる。

「いや、今日は香月君が来ると聞いてね」

 突然話をふられた香月は驚いて真籐副社長を見た。

「萌絵さんが4月からうちの会社に来るから、少し紹介しておこうと思って」

 ……何で……私に……。

「萌絵さんは経営学が専門だから、今の君とはあんまり行き来がないかもしれないけれど、元営業部の君なら何かと話も合うと思って」

 副社長が嘘を言っているようには聞こえなかったが、有名な政治家の娘をいきなり紹介されて、後輩になるなど言われても、香月にはどうすることもできなかった。

「あ……」

 軽く頭を下げようとすると、相手から自己紹介された。

「烏丸 萌絵です。よろしくお願いします。私、何も分からないことだらけで」

 小さく小首を傾げるしぐさはお嬢様そのもののような気がした。

「あっ、こちらこそ……。私は香月 愛です。よろしくお願いします」

「で、隣の方が巽さん。これがまた若いのにやり手でね、私も泣かされて困っていたんだ」

 巽はそれらしく微笑しながら、

「まさか、このメンツで食事会ができるとは思いませんでした。光栄です」

 副社長と食事会、したかったんだ……。

 なんか、堅苦しい食事会だな……。

「いーんだってそういうのは、さ、食おうぜ」

 四対はマイペースで全員に行きわたったスープを、一番に飲み始める。

「おい」

 私は四対に声をかけられて、そちらを向いた。

「お前のはデザート2倍って頼んでるから」

 本来ならここで、ありがとう!!とすがるように感謝するのだが、

「うん……」

の一言しか出ない。

「お前が好きな洋菓子だからな」

 四対はこちらを見ずに食べながら言う。

「うん……ありがとう……」

「香月さん、洋菓子お好きなんですか?」

 一点の曇りもない笑顔でお嬢様にそう言われると、戸惑ってしまう。

「あっ、いえっ、まあ……」

「お作りにもなります?」

 こちらを見ながらも器用にスプーンを動かすしぐさは、慣れているお嬢様の証だ。

「いえ……」

 料理なんて、あんまり興味ない。

「私、お料理を勉強するために教室に通っているんですけれどもね、良かったら、ご一緒しません?」

 え、なんで初対面なのに……。

「愛には私が教えますから」 

 え……巽が??
隣で同じく丁寧にスープを飲み終えた巽は、どこから湧き出るのか、自信満々で言ってのけてくれる。

「……さっきから気になっているそのロレックス、限定物ですか?」

 副社長が巽の腕をあからさまに見ながら、尋ねた。

「ええ。予約してからシリアルを掘らせるのに、随分時間がかかりました」

「ほお……確か、日本で2本しかないと伺っております。確か……去年の夏辺りでしたかな。私も予約を入れたのですが、手に入らなくて」

 えっ、そんな前から!?

 香月は驚いて巽を見た。

「この時計を記念にしたくて、随分手を回しました」

「…………」

 思い余って、食事が喉を通らなくなる。

「羨ましいですわ……こんなに焼尽してくださる方が側にいるなんて」

 烏丸が若い視線を巽に向ける。

「お嬢様にもじきに現れますよ」

 なんて大人な答え。

「んで、結婚式いつ?」

 思いもよらない質問に、香月は四対の方を目を見開いて見た。

「……何? しねーの?」

「パリで、と考えてはいるのですが。今はまだ……」

「素敵ですわよー、アドベンティスト教会なんて有名すぎてダメかしら? 」

 烏丸が目を星にさせて迫ってくる。

「私も、早く結婚したいわ」

「お相手は?」

 副社長が間髪入れずに聞く。

「巽さんのような素敵な方がいれば良かったのですけれど」

「四対君が空いてますよ」

 更に笑いながら続ける。烏丸は四対の顔を見た。

「ブスはダメだ」とさすがにここでは言わないし、烏丸はとても綺麗な人だ。

「あー、俺は、独身主義者なんで」

 なんと下手な返し! しかも、メインの肉食べながら言うセリフか!!

「最近は晩婚化してるけど、四対君は選び損ねて晩婚しそうだな」

「それ、どーゆー意味っスか?」

 ほらキレた……。

「君の周りには女性が群がるけど、選り好みしすぎるってことだよ」

 副社長はウインクする。

 四対はそれを見たと同時に溜息を吐き、
 
「独身主義者だっつってんだろ……」と小さくこぼした。

 あれ、今日はもしかして、私たちカップルを見せつけて、四対と烏丸を合せるとか、そういう作戦? いや、まさかなあ……。

 大体、四対はそういう周囲からの動きで気持ちを変えられるような人間ではない。

「だったら息子が空いてるじゃん」

 四対は睨みながら副社長を見た。あ、なるほどね、副社長の息子、人事部の真籐なら丁度年も若いし。

「いやあ、うちの息子がまさか、烏丸のお嬢様とは滅相もない」

「あらやだ。軽く断られた気分ですわ」

 烏丸は副社長の方を見ようともせず、肉を切りながら拗ねてみせる。

「いえいえ、そんなまさか……うちのような若造では、四対君の代わりになどなりません」

 まあ確かに、一企業の人事部部長と、世界を相手にする大企業の社長とでは規模が違い過ぎる。

「……俺は俺がいいと思ったやつとしか結婚しねーよ。それが、貧乏人だろうが、なんだっていい」

 いやまあ、恰好良いのか悪いのか、微妙なんですけど……貧乏人って……。

「さすが四対君だ。目が良いというのはこういうことかもしれないね」

「褒めまくられて、気持ちわりーんだけど」

 また四対は毒づく。

 とにかく、四対の機嫌があまり良くないことは確かだ。

 これは、明らかに四対自らが開いた食事会でないことは確かそうだった。なのに、四対が巽を呼んだのは何故だろう。

「今度の木曜、暇?」

 何のことかと一瞬停止してしまう。

 香月は一旦間を置いてから、声がした方を見た。

「え、私?」

「そ、お前」

「私、は、木曜、休み、ですが……」

 副社長の視線も気になるし、巽の視線も気になる。

「あそ。じゃあ、久しぶりに飯行くか」

 今来てるじゃん!!

「えーと……」

 このタイミングで巽をあからさまに見るのもなんだし、四対に断るのもなんだし。

「香月君、困ってるぞ」

 副社長が眉を顰めて笑いながら言った。

「またオーストラリアのダイビングに連れて行ってやってくれ。友人も交えて」

 間髪入れずに巽がフォローする。

「また、とは? あぁ、確か何年か前にあったね」

 副社長が独り言のように呟いたが、そういえば、前回行ったときは確か、四対が勝手に副社長に会社を休む連絡入れたことを思い出した。

「ダイビング、私経験がありませんの。ご一緒させて頂けると嬉しいですわ!」

 えっ、またここでもこの人入って来るの!?

「それはいい!! 私も若い頃何度か行ったことがありますが、感動しますよ」

「それなら私も参加しなければなりませんね」

 そうなの? 

 と疑いながら巽を見た。

 すると、ビックリするほど愛おしそうな目で巽がこちらを見ている。

 驚いた香月は慌てて目を逸らした。

「1ぬーけたっ」

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