クリスマスの夢 ~絡む指 強引な誘い 背には壁 番外編~
 四対は何のことなのか、ナイフとフォークを皿の端に置いて、ナプキンで口を拭いながら席を立つ。

 えっ、まさかっ、帰る気!?

 香月はまだほとんどメインを食べていない。

「四対君、失礼だぞ。食事の途中で」

 副社長が正す。だが、四対は手にしたスマートフォンを見せて、

「矢松(やまつ)大臣から電話なんだよ」

と、顔を顰めて部屋から出て行った。

 これは一体、どういう……。

「…………」

 副社長は烏丸をちらり、と見る。烏丸はとても残念そうに、溜息をついた。

「四対君は、なんというか……」

「いいえ、とても素敵な方です。今日ご一緒できて、本当に夢のようですわ」

 ってことは、今日は四対と付き合いたい烏丸お嬢様のためにセッティングされた食事会だったんだけど、それが嫌で四対が巽を呼んだってこと!?

「香月さん」

 まさか烏丸に話かけられると思っていなかった香月は、驚いて烏丸の方を見た。

「はいっ」

「木曜、一緒に出掛けられるの?」

 いや、そんなかわいそうな子犬のような目で見られても……

「いえ、そんな私は、あのっ、オーストラリアとか、全然予定していませんし……ね?」

 困り果てて巽を見た。目が合って、助かる。

「ご一緒しますよ。4人でなら彼も来るでしょう」

 な、ぬー!?!?!?

 何でそんなことになるの!?

「ええ!? 本当?! どうしましょう……真籐さん」

 烏丸は心底嬉しそうに副社長を見た。

「良かったですね、さて、どんなデートプランがよろしいですかな」

「そうねえ、クルージングなんて、どう? それならクリスマスとかどうかしら?」

 えっ、そんな先!?

 木曜のことはもういいの!?

「そうですな……。クリスマス前後でも、空いていれば良いですが」

 クルーザーの空き? それとも四対の予定?

 まあ、私の予定でないことは、間違いない……。

「愛、四対君を誘ってあげなさい」

 あなた、誰!?

 香月は聞いたことがないような巽のセリフに、自分自身を疑った。

「えっ……なんて??」

 いやもう自分でも顔が引きつっているのが分かる。

「クリスマスに、みんなでクルージングでもしよう、と言うだけでいい」

 そんなことまで言わせるな、というのが表情で分かる。

 けど、そんなの私が言ったら不自然にきまってるじゃん!!!

「…………」

 絶対企みに気付いて怒るに決まっている。しかも、前回の喜多川の失敗で、自分が信用していない人をむやみに四対に紹介したりするのはやめるって決めているのだ!!

「お願いします、香月さん」

「私からも、お願いするよ」

 えっ、てっ、何でこんな展開に!?

「失礼しました~」

 グッドタイミングで四対がひらひら~っと掌を見せながら帰って来る。

 良かった。ちゃんと席について、デザートは食べて行くようだ。

「おっ、な? ちゃんとデザート多めになってるだろ? お前のだけ生クリーム入り」

「さすがだな、細かいところにも気配りがいく」

 ここぞとばかりに巽が褒める。

 四対はその声を無視して、フォークを手にした。

「あのっ、あのさ……」

 だが、香月の声には反応する。

「何?」

 チョコレートケーキを少し切って食べる、その姿だけ見れば、お坊ちゃま極まりないのに。

「あの、クリスマス、何してる?」

 そうそう、自然にいかないと!

「さあ……何で? オーストラリア、クリスマスに行くの?」

 え、そういうことでもいいの?

 烏丸の方を見たかったが、そうもいかない。

「え、うんまあ。どこに行くかはまだあれだけど、その辺りの日にち、どうかなあ、とか」

「四対君が行くなら、私も行くよ」

 ギロッと、不自然な巽を睨む。まあ、ちょっと怪しいと思ったんでしょうね、やっぱり。

「私も行くし! 行きたい、行こう。一緒に。クリスマス。…………クリスマスじゃなくてもいいけど」

 最後の一言が自然に出たおかけか、四対は少し優しい目に戻った。

「なんかバタバタして、結局どこにも連れてってやれなかったしな」

 ってなんか、語尾変ですけど!?

「うん、そう」

 けど今はそんなことを気にしている場合ではない。

「行きそびれたじゃん。色々。漫画喫茶とか」

 言いながら、自分で笑ったせいか、四対はだんだん機嫌が良くなる。

「あれから行ったよ。俺」

「あ、行ったんだ。面白かった?」

「うん、わりと」

 へー!! こんなすごい社長でも、漫画喫茶で楽しめるんだ。

「漫画喫茶にするか?」

 いやでもそれはちょっとどうなの?

 本人は笑っている、完全な冗談だ。

 良かった、機嫌が良くなっている。

「私はそれでもいいけど、あの……」

「烏丸のお嬢様もご一緒だから。クルーザーくらいがいいんじゃないか?」

 副社長、今機嫌良くなったばかりなんですけど!!

「みんな一緒か……」

「えっと、そうだね。うん、いつも大勢じゃん。その方が楽しいし」

「……ま、いいけど」

 あ、良かった……。というか、断れない何かがあるんだろうな。

「それよりさ、うまいだろ? これ。お前好みだと思うんだよな」

「え、うん。まあね」

 チョコレートケーキにマロンの粒が入っているのが嫌いだが、そこはあえて伏せておく。

「愛はマロンが苦手だよ、四対君」

 なんで巽は四対の機嫌を損ねるかなあ。

「……あっそ」

 ほら、ケーキを食べる手を止めた。

 いや、単にコーヒー飲もうとしただけかもしれませんけど。

「四対君、この後の予定は?」

 副社長が聞いた。だが四対は間髪入れずに、

「矢松大臣と会う。……後10分で出ないとな」

 多分高い時計なんだろうな、その腕時計も。

「お前、それつけて会社行くの?」

「やっぱ変?」

 香月は気になっていたことを聞かれて、完全に周囲を忘れた。

「失礼だろ、四対君。 巽さんの前だぞ」

「いいえ、まだ仕事が一人前にできていないことを自覚させるには丁度いいんです。高価すぎる物をつけても、身の丈に合っていなければ意味がありません」

 なんつー巽の痛々しいフォロー。

「…………」

 無言になるしかない香月。

「まあ、また、連絡するわ」

 四対は一番に立ち上がった。

 それが、良いタイミングだったので、次に副社長が立ち上がり、烏丸の手をとる。。

 と同時に香月の手も巽がとってくれる。

 あ゛―、本当、疲れた。

 気付かれないように溜息をつきながら、廊下に出て行く。

「じゃあな、……」

 四対はしっかりこちらを見つめて来る。

 香月はそれに対して、じっと見据え、瞬きで返事をした。

 そして副社長、烏丸、巽には、

「ではお先に失礼します」

 と、ビジネスモードで頭を下げて、先へと進む。

 全く単純な奴だな……。

 と思ったと同時に

「とても素敵ですけど、複雑な方ですね……」

と、烏丸が小さく漏らした。
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