涙と、残り香を抱きしめて…【完】
彼の交友関係をほとんど知らない私。知ってるのは、成宮さんの実家のお母さんと、以前、連れてってもらったパブをやってる同級生のマスターのみ。
でも、何があったか分からない状態で実家に押し掛けていいものか迷った。
お昼までは会社に居たんだ…
会社で何にかあったんだよね。
明日香さんは何も知らない様だったし、誰に聞けばいいのかさえ分からない。
リビングの床に座り途方に暮れていると、私の携帯が鳴りだした。
明日香さんからだ…
『星良ちゃん?今ね、成宮部長の事を部の子達に聞いてみたんだけど、新井君がお昼前にエレベーターに乗る成宮部長を見掛けたそうなの。
新井君が1階に行こうとして廊下に出たら、一足早く成宮部長がエレベーターに乗ってて、一緒に乗せてほしいって声を掛けたそうなの。
でも成宮部長は上の階に行くとかで、新井君は乗らずに下りてくるエレベーターを待つ事にしたそうなんだよね。
で、何気なく上がってくエレベーターの階数を見てたら、止まったのが7階だったそうよ』
「7階?」
『そう。7階には、社長と専務、常務の部屋があるだけじゃない?
もしかして、専務なら何か知ってるかも…って思ってさぁ』
「仁が…?」
明日香さんとの通話が終わると、私は仁の携帯に掛けようとして、手を止めた。
理由はどうであれ、仁の携帯に掛けていいのか…な。
でも、この普通じゃない状態の理由を知りたかった私は、意を決してボタンを押した。
呼び出し音よりも、自分の心臓の音の方が大きく響いてる。
『はい…』
懐かしい仁の声に、胸が熱く高鳴る。
息が…止まりそう…
「…島津です」
『分かってる。なんの用だ?』
「あの…じ、いえ、専務にお聞きしたい事があって…」
上ずった声で話す私に、仁は落ち着き払った声で言ったんだ…
『成宮の事か?』
やっぱり、仁は何か知ってるんだ。
「はい。今、マンションに帰って来たら、誰も居ない彼の部屋のドアが開いてて、玄関にスマホが落ちてたの。
会社で何かあったのかと思って…」