涙と、残り香を抱きしめて…【完】
「でもね、私と出会う前から香山は奥さんに離婚を迫られてたの。
奥さんは養育費の額を下げてもいいから早く離婚して欲しいと言ってたそうよ。
で、いよいよ離婚…って時に、奥さんの病気が分かったの」
「病気…ですか?」
「そう…。気付いた時には、かなり進行してて絶望的な状態だった。
そんな時、彼の娘さんが離婚に反対したの。
病気の母親を見捨てる気かってね。香山に泣いて詰め寄ったそうよ。
そんな事されたら…香山も強くは出れなかった。
離婚は撤回し、彼は私に別れを告げたの」
「そんな…桐子先生は納得したんですか?」
コクリと頷く桐子先生。
「辛く…なかったんですか?」
どうしても自分と仁との事をダブらせてしまい黙っていられない。
「…辛かったわよ。死ぬほど辛かった。
いっそ、死んでしまいたいと思うほど、辛かった」
シーツをギュッと握り締め、絞り出す様な声で話す桐子先生の姿は苦悩に満ちていた。
そうだよね…
私も仁が離れていった時は、このまま消えてしまいたいと思ったもの…
「忘れようとしたわ。他の男性と付き合えば忘れられると思い言い寄ってくる男達と飲み歩き、そして…寝た。
でも、ダメだったわ。
15年経っても、香山を超える男性には出会えなかった。
そんな時、友人のバースデーパーティーに招待されて行ってみると…
彼が…香山が…居たのよ。
その友人は香山とも交流があったらしくて、偶然の再会だった。
驚いたわ。でもそれ以上に嬉しかった。
まるで少女みたいに胸がときめいたのを覚えてる。
そして、もう10年以上も前に奥さんが亡くなったって聞かされたわ。
でも私達は以前の様な恋人同士には戻れなかった」
「えっ…どうしてですか?」
「時間が…経ち過ぎてたのかもね。
お互いの気持ちを確かめる事さえしなかったの」
分からない…私には理解不能だ…
「なぜですか?桐子先生は、ずっと香山さんの事を想い続けていたんですよね?なのに、なぜ?」
「…怖かったのかもしれない。
自分の気持ちを伝えて、彼に拒絶されるのが…
また彼を失う事になる。それが怖かった。
そんな中途半端な関係になって1ヶ月が経った頃、突然、彼の娘さんが私を訊ねてきたの…」