涙と、残り香を抱きしめて…【完】
チャペルに居た全てのモデルが出番を終え、最後に一人残った私。
玄関の白い大きな扉の前でスタッフが私に何か言ってるけど、上の空。
「君、話し聞いてる?」
「あ、はい。すみません…」
「いいですか?ランウェイの先には新郎が待ってます。そこまで行ったら腕を組みテーブル席を縦に八の字を描く様に歩きランウェイに戻って来て下さい」
「は…い」
スタッフが無線で「ラスト出ます」と伝えると、眼の前の扉が静かに開き、それと同時に眼が眩む様な眩しいライトの光が降り注ぐ。
ランウェイの周りには、スタッフに紛れさっきのモデル達が私を見上げていた。
ここに居る全ての人の視線が私に向けられている…
そう思うと私の緊張は最高潮に達し、頭の中は真っ白。何も考えられない。
「どうしたの?早く出て」
スタッフの言葉に押される様に深紅のランウェイに足を踏み出す。
でも、焦っていたせいでドレスの裾を踏んでしまい前のめりに倒れそうになりながら飛び出してしまった。
「ぷっ…」
笑いを堪え切れず吹き出すモデル達。
スタッフまでもが険しい顔で私を見上げていた。
そして、何より気掛かりだったのは、マダム凛子の反応。
視界の隅に入った彼女は鬼の様な形相で私を睨み付けていた。
どうしょう… どうしょう…
焦れば焦るほど上手く歩けない。
これがモデルかと思うほどお粗末なウォーキング。
自分でも分かっているのに修正出来ない。
顔を上げると、すぐそこに背を向けた新郎の姿が見え、私は助けを求める様に駆け出し彼の腕を必死で掴んでいた。
「星良…」
「成宮…さん。私…出来ない…モデルなんて…無理」
「落ち着いて。大丈夫。ゆっくりでいいから…」
彼の優しい微笑みに少しだけ落ち着きを取り戻し背筋を伸ばし歩き出すが、モデルでもない成宮さんの方が堂々としていて、よっぽどモデルらしかった。
終始、彼にリードされながらランウェイに戻ると、足がガクガク震え出し、立っているのがやっと。
それはまさに、悪夢としか言いようのない最悪なリハーサルだった。