AAA - ノーネーム -
「次が終わったら、組織に帰る」
「今日はもう終わりなのか」
「そうだ、と、今言っただろう」
「うん」
「お前はいつも通り報告書を書け」
「分かった」
報告書。
でもあれは報告書と言うより健康診断書に近い気がする。俺には保険でもかかっているのだろうか。いつどんな思考をしたとか、どこに怪我を負ったとか、人を殺してどう思ったとか。他にも沢山の記載事項があったはずだ。逐一覚えていられないほど。
「アスカル」
「何だ」
「組織は何処にあるんだ」
「覚えてないのか、あれほど説明したのに」
「ごめん」
「……別に覚える必要はない」
「どうして」
「いつも俺が組織まで連れて行ってるだろう」
「あぁ」
「もう気にするな」
自分が所属している組織の場所を知らないなんて馬鹿げた話しがあるだろうか。俺はそこまで記憶力がなかったのか。
「次の殺しの件だが」
ばたん。また、いつ開いたか分らない扉が閉まった。だが今度は誰かが入って来たのではなく、誰かが出て行った音だった様だ。途端にアスカルの舌打ちとため息が聞こえてきた。
ご機嫌ななめだ。
「聞かれたな」
「何を」
「――まだ子供だな」
俺の質問には答えずに、アスカルは窓から逃げていく子供の姿を捉えた。その姿は俺の視界にも入っていた。必至で走る女の子である。
聞いてはいけない事を聞いてしまった女の子は恐怖を顔に浮かべたまま走る。そして、次第に見えなくなっていった。
「ノーネーム、命令だ。追い掛けろ」
酷く、冷徹な声。
俺の名を呼ぶ時のアスカルは冷たい。
感情が感じられない。
まるで棒読み。
だが俺は立ち上がって女の子を追い掛けた。その先で何が命令されるか分かっている癖に、俺は命令には逆らえなかった。なぜ逆らえないのか、それは――なぜ、だろうか。
メイドインアメリカを飛び出して、俺は記憶の限り女の子が通った道を走った。と言ってもそれは店から出て数メートルの距離だ。女の子は今も真っ直ぐ本通りを走っていた。どこか曲がっていたのならあるいは、俺に追いつかれずに済んだかも知れないのに。
彼女は曲がらずまっすぐ走り続けていた。俺の思考とは違う。まっすぐな道だ。
俺は女の子の姿を自らの視界に再び捉えてしまった。そして、命令を違わない様に全速力で女の子を捕えにかかった。