AAA - ノーネーム -
彼女を捕まえたのは薄暗い路地だった。大人の俺と子供の彼女の競争結果は始めから目に見えていた。
俺はまず女の子の腕を捕まえた。そうして暴れる彼女を黙らせた。つまりは口を押さえたのだ。うーうーと唸る女の子を見ながら、俺はアスカルがこちらへ来るのを待っていた。アスカルは数分もしないうちに俺を見つけた。
早いものだ。追跡装置でもつけられているのではないだろうかと思うくらいに。
「奴らは子どもまでスパイにつかうのか」
「奴らって」
「組織を良く思わない連中だ」
「なぜ良く思わないんだ」
「お前は自分の仕事が正しいと思ってるのか」
「――思わない」
なぜそんな事を聞くのだろう。アスカルにとってこの仕事は正義ではないのだろうか。否、正義とは何なのだ。俺の頭の中で思考がぐるぐると疑問を作っていった。
とにかく、自分の仕事が正義とかどうとかと、そんな事は今の今まで考えた事がなかったけれど、アスカルがそう聞くのだからきっと正しい事ではないのだろう。人殺しは悪い事である。なら俺はなぜそれを仕事にしているのか。
――命が惜しいからだ。
組織に逆らったら殺されるからだ。俺は組織に逆らったやつらを何人もこの手で葬ってきた。俺はその一人にはなりたくない。もう殺されたくは――な、い。
「ノーネーム、命令だ」
逆らえない命令が始まる。どうして逆らえないのだ。いつから。覚えていない契約が俺の人生を縛っている。時は金なり。命は金なり、俺の命もいつか、誰かの金になるのだろうか。
「それを始末しろ」
「子どもを、か」
「二度は言わない」
人の気持ちを考えろと言われた事がある気がする。誰にだろう。多分、アスカルにだ。いつだったかは覚えていない。だが確かに俺はいつも自分の利益ばかりを考えて仕事をしてきた。
それが金の絡んだ仕事ならば多少の妥協はしたかもしれない、だがこの仕事に絡んでいるのは自らの命。妥協なんてすれば俺が死ぬ。だからアスカルは人の気持ちを考えろ、と言ったのだろうか。だが、俺に命令しているのはいつもアスカルじゃないか。
あぁ、いつも?
俺は両の手を彼女の首へ持っていった。必死に抵抗しようともがく女の子は、残念ながら無力であった。力は勿論、俺に勝っている点は一つだってない。何かを言おうと開く口は自分の酸素を得るのに必死で言葉にはならない。
「アスカル」
「無駄口を叩くな」
容赦ない一言。
「お前は人の気持ちを考えた事があるのか?」
アスカルはいつも俺に殺せと命令する。それが仕事だと彼は言っていた。だからきっと、命令しなければ殺されてしまうのかも知れない。組織は恐ろしい――そもそも組織とは、何の組織なのだ。
「お前に言われたくはない。黙って仕事をしろ」
俺は自らの手を意識した。恐怖に歪みきった女の子の顔はいつまでも俺に助けてくれと言っている様に見える。だがそれは次第に緩やかになっていった――死んだのではない。俺が力を弱めたのだ。