北風と太陽と、その他諸々
放課後、生徒会室の前で後ろから呼びかけられた。
「晴斗くん!」
遠くから走ってきたのか、友紀乃は息が少し上がっている。
「はい。」
白々しく返事をした。
「あの、メール見た?」
「はい。見ました。」
「あれはね、違うの。」
友紀乃が必死に説明しようとするのを遮る。
「良く分からないですけど、僕のことは気にして貰わなくて大丈夫ですよ?」
にっこりと笑顔を作ってそういいのけると、友紀乃が目を見開いた。
「晴斗くん…。」
その時突然生徒会室のドアが開く。
「あっ。桜井君いた。この間頼んでおいた文化祭の…。」
それは絵里奈だった。
「あぁ、出来てるよ。」
もう友紀乃の方は見ずに、絵里奈に続いて部屋に入る。
絵里奈が友紀乃に不満そうな視線をぶつけるのを、目の端に捉えながら。
生徒会室で作業をしていて、ふと気がついたら部屋に2人だった。
窓際に座っている絵里奈の背と長い髪に夕陽があたっている。
黙ってれば美人だよな。
失礼にもそう思いながらしばらく眺めていた。
その視線に気がついて、絵里奈がこちらを向いた。
「何?」
「いや、別に。」
にっこりと笑って、また作業に戻る。
そういえば、絵里奈は前みたいに露骨に好意を表さなくなった。
一緒のクラスだった去年は、ことあるごとにまとわりついてきて、生徒会にまで追っかけて入ってきたのに、クラスが変わってユエと付き合い出してから変わったな。丸くなった。
そのユエにも、俺と仲良くなるために近づいたんだと言っていたはずなのに。
煩わしくなくていいのだが、無いと無いで寂しいものだとも思う。
他に好きな男でも出来たのかもしれない。
そんな事を考えていると、絵里奈の声がした。
「桜井君、悪いんだけど、ちょっと手伝ってもらってもいいかしら?」
「あぁ、いいよ。」
立ち上がって絵里奈に近づく。
「ここ、押さえててくれる?」
言われるがままに手を出す。
真剣に紙にカッターを入れる絵里奈を、近い距離で見つめる。
「ありがとう。」
手を止めた絵里奈がそう言ったあとも、しばらくそうしていた。
「桜井くん?」
不思議に思った絵里奈が、顔を上げた。
鼻が触れ合うぐらいに顔が近づく。
瞬間、絵里奈の顔が赤く染まり、咄嗟に顔を離した。
思わず笑ってしまう。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ!急にびっくりするじゃない!」
「意外と可愛い反応するんだね。」
ふっ。と笑って、絵里奈の頬に触れる。
「!!」
赤くなった頬は熱くなっていた。
「なぁ、まだ俺だったらいつでも付き合ってくれる?」
さらに顔を近づけて、甘い声で囁く。
絵里奈の目が動揺で揺れている。
返事を待たずに唇に口付けた。
「んっ…っ!!や、やめてっ!!」
絵里奈が強い力の入った両手で肩を押し返したので、後ろに一歩下がった。
絵里奈は手の甲で唇を拭う。
「自惚れないで。会長が和泉くんの所に行っちゃったから代わりに私?
冗談じゃないわ。私の桜井くんを好きな気持ちは、代わりで良いぐらいの簡単な想いじゃない。
だいたい、あなたがしっかり会長を捕まえておかないから、和泉くんと噂になっちゃったりするんでしょ?
和泉くんがユエ以外を選ぶ訳無いんだから、ちゃんと確かめて、早くユエをなんとかしてあげてよ。
最近ずっと落ち込んでるの知ってるでしょ?」
例えば、頬を叩かれるとか、そういうことを想像してただけに、その言葉は衝撃的だった。
人の迷惑を省みず、時も場所も関係なくベタベタとしてきた絵里奈だったから、どうせ自分の事しか考えないような奴だと思っていた。だからなるべく避けていたのだが、ちょっとからかってみたくなった。
しかし、この後に及んで口から出たのはユエの事。
「会長のことが好きなんでしょ?ちゃんとそっちに当たって砕けてからじゃないと、私は受付ないわ。でも、慰めるためだけにいるのも嫌。
だいたい、いきなりキスしたりするのも卑怯よ。ちゃんと承諾取ってからにしてよね。」
面白いやつだな。
つい、声を出して笑ってしまった。
すると絵里奈は一つため息をつき、
「ちゃんと分かってるの?しっかりしてよ。」
と、俺の肩をバシッと叩いた。
「うん。」
まだ笑いながら返事をすると、
「もう。変な人。大丈夫?」
と、困ったような、呆れたような気持ちも含んだ笑顔を浮かべた。
案外可愛い顔も出来るじゃないか。
そして絵里奈は、作業していた机の上を片付け始めた。
「…なんか、すっかりやる気なくなっちゃった。私、今日は帰るわ。」
そう言ってカバンを持つと、ドアへと向かう。
「じゃあ、お先に。ユエの事よろしくね。」
「あぁ、お疲れ様。」
絵里奈が手を振って出て行く。
それをまた呼び止めた。
「宮川。」
絵里奈が不思議そうに振り向いた。
「あの、ごめんな。」
絵里奈は笑顔になる。
「私は嬉しかったよ?」
ふふふ。と笑って出て行ってしまった。
姿が見えなくなっても、しばらくぼんやりしていた。
出て行った絵里奈がボロボロと涙を零していたことを知らずに。