スカイグリーンの恋人


その日も無事に仕事が終わろうとしていた。

俺はお客さまを見送るために出口に立ち、あとの二人はボーディングブリッジ 

(搭乗通路) で女の子と記念撮影の真っ最中。 

楽しそうに盛り上がっている。

佐名子さんは、体が不自由なお客さまに付き添うため機内に残っていた。

そのときだった 「お客さま!」 と佐名子さんの叫び声がした。

”あの女の子だ” と直感した俺は、急いで機内に戻った。


体を丸め苦痛を訴える女性を佐名子さんが抱えていた。

急な痛みに襲われ動けなくなったようだ。

顔は苦痛でゆがみ、痛みの度合いが強いことがわかる。

苦痛に喘ぐ女性を抱える横で、半狂乱になっている女の子が佐名子さんの腕を

揺さぶっていた。

母親の急変を目の当たりにしてパニックになっているのだ。


客室乗務員には病人の対応の知識はある。

経験の長い佐名子さんは、何度もそんな場面に出会っているはず。

それが、目の前の彼女にはまったく余裕がない。

急病人とパニックに陥った子どもに挟まれ、身動きが取れなくなって

しまっていた。



「チーフ 大丈夫です」


「大丈夫じゃないわ!」


「大丈夫ですから」



何を言ってるの、と言わんばかりに俺を見る佐名子さんの肩へ手をおき、

それから女の子の意識をこちらに向けるために、その子の肩にも手をおいた。

頼りの母親が倒れたため、不安が一気に押し寄せてきたのだろう。

体全体で感情をあらわにし、不安に押しつぶされそうな女の子の顔の前に

俺の手をさし出した。

 
腕と手を動かし手話で言葉を伝える。

半狂乱だった体が一瞬止まったが、すぐに女の子の手も動き出した。

怒涛のごとく言葉が伝えられる。

手話によりいくつかの会話をかわし事態がわかってきた。



「二人を呼んできます」



立ち上がり通路を走って外へ出た。

ボーディングブリッジで記念撮影中のクルーを呼び戻し、病人の対応に

あたる。

その頃にはいつもの佐名子さんに戻っていた。

二人のクルーに的確な指示を出し、俺に女の子に付き添ってくるように

声をかけ、佐名子さんも機敏に動き出した。

必死に母親の体調を聞いてくる子を抱き上げ、俺は彼らの後に続いた。



迎えに来ていた父親に抱かれ、振り返って手をふる女の子へ俺も手を

ふり返した。

小さな女の子にはこんなこともできるのだと、また新しい自分を発見した。

一緒に手を振っていた佐名子さんが、彼らの背中が見えなくなると大きな

ため息をついた。



< 22 / 32 >

この作品をシェア

pagetop