青い星〜Blue Star〜
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「なぁ、奏はん。今何時やと思う?」
明らかに早朝から私に連れ出されたゆきは不機嫌だ。
話している人がどんなに不機嫌でも京弁は優雅に聞こえるから不思議だ。
「5時半だな。まぁ、いいじゃないか。決して悪いものではないだろう?春の朝の散歩というのも。」
「これが『散歩』のスピードか!?」
そう、ゆきが不機嫌な理由は朝早くに叩き起こされたせいではない。
奏と付き合っているうちに彼女の大雑把な言動にいちいち腹を立てていてはこちらの脳の血管が無事で済まないと悟ったからだ。
ゆきが指摘したのはスピードである。
明らかに歩く速さではない。
もともと運動神経のよい奏は持久力も人並み以上。
奏の『散歩』は所謂ランニングという名のダッシュである。
道行く人は凄まじいかつ安定したスピードで走る2人を思わず二度見している。
ゆきもこの時ばかりは高校まで陸上部で持久走の選手だったことを幸運に思う。
「これでもゆきに合わせて遅い方だよ。…………じっ……じっちゃんに鍛え上げられたからね……。」
若干声が震えている奏に一体祖父に何をされたのか気になったが、それ以上聞くなという奏のオーラにゆきは口をつぐんだ。
「そっ…そうだ!ちょっと行きたいところがあるんだけど行かない?」
重くなった空気にゆきは耐えきれず提案する。
「行きたいところ?」
「うん!ほら、こっち!こっち!」
奏が「うん。」と言う前にゆきは強引に奏の腕を引いた。
さっきまで文句は何処へやら、ずんずん前を行くゆきに奏は微笑みながらなされるがままについていった。
あぁ…
どうして私は其処へ行ってしまったのだろう。
思えばそれが全ての始まりだったのに。
この時断っていればあんな辛い思いもせずに済んだのに。
ただ、この時行かなければかけがえのない彼等とも出会うこともなかった。
今になってはどちらが正しかったのかすら私には判らない。
判るのはあの時代も今も空だけは変わらないことと彼等がここにいないことだけだった。