結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】


「女の子たち みんな喜んでたわよ 今年は綺麗なところに泊まれるって」



あのあと 女の子たちに押し切られ 今年の合宿先は僕の提案した場所に

決まった

実咲は合宿場所について あれこれとは口にしなかったが 宿泊施設の充実

という面においては嬉しそうだった

洗いたての髪を拭きながら横に座ると 当たり前のように僕にタオルを渡した

僕も当然のようにタオルを受け取り 実咲の髪を拭いてやる



「朋代さんの実家の近くなんだ 高校生のとき行ったけど 

結構見応えがある現場だった」


「そうなんだ 賢吾っておじいさん達の住むところに遺跡があるんだね 

小さい頃から興味があったはずよね」


「言われてみればそうかもしれないな 誰かと遊ぶより本を読んだり 

じっと何かを観察してる方が性にあってた」


「このまま仕事にすればいいじゃない 好きなんだし 

賢吾には合ってると思うけど」


「考えてはいるんだ だけど……学芸員って採用が少ないんだよなぁ」


「国内の学芸員はね 海外にも目を向ければいいじゃない 

頑張ればキュレーターにだってなれるわよ」


「キュレーターかぁ 憧れだよなぁ」



仕事にするかどうかは別として 学芸員の資格は取ろうと思っていた

海外と違い 国内の学芸員の地位は あまり高くない

だが キュレーターとなるとそれなりの権限を持ち仕事の幅も広がる

実咲の言葉に 憧れが具体的に形を見せ始めた


タオルドライした髪は湿り気を帯びて しっとりと実咲の肩に流れている

タオルで髪を挟みながら毛先を指でくるりとまくと 小さな水滴が飛んでいった

これから この髪に顔を埋める時間を思うと 極上の気分になってくる


海外の博物館でキュレーターを目指す僕のそばには実咲がいて……

勝手な未来図を想像する

まだ何も形になっていないのに 未来へと走り出していきそうな夜だった   





合宿費用を稼ぐため 僕らはバイトに明け暮れた

母に言えば 合宿費用くらい出してくれるのはわかっていたが あえて告げず 

みんなと同じように自分の力でやってみたかった




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