結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】
息子ですと紹介されたため 先ほどと同じように一礼した僕に その人はやおら
質問を始めた
専攻・専門は何なのか どうして今の大学を選んだのか 担当教授の名前
ほか ゼミの研究内容など 矢継ぎ早に繰り出される問いに 答え続けるのが
精一杯だった
もしこれが採用試験なら どうなるんだろうなんて考える暇さえなく
君が目指すものは何ですかと問うた目は僕を見据え 思わずキュレーターで
あることまで口にしていた
目標があることはいいことですと 型どおりの答えが返ってきたが 館長の
次の言葉に肩の力が一気に抜けた
「私がいたころから変わらないようですね 伝統は引き継がれているようだ
OBとしては嬉しいことです これからも頑張ってください」
そのあと自分も僕と同じ大学の出身だと告げると それまでの厳しい顔つきが
少し緩み 鋭い目が和らいでいた
館長と別れたあと 坂田さんが館内を案内しますと言ってくれたが 父は
「息子とのんびり歩くのもいいものです お気遣いありがとうございます」
とこんな言い方で坂田さんの申し出を丁寧に断った
一時間ほど館内を見てまわり博物館の建物を出ると 二人ともなんとなく
目の前の公園へと歩き出した
「お父さん」
「なんだ」
「今日 坂田さんに会う予定で僕を連れてきたの?」
「いや 偶然だ 声をかけられて私も驚いた」
「本当に?」
「どうしてウソを言う必要がある 私が事前に何か手を回したとでも思ったか」
「うん……あまりにもタイミングが良すぎるからさ 館長にも会ったしね」
「私はそんな器用な性質じゃない それに そんなことをしてまでは……」
「そうだね ごめん」
「もっと上手く立ち回れればと思うときがある 自分でもわかっているんだが」
そう言ったきり 父は遠くを見つめていたが 喫煙所を見つけると
そちらへと歩き出した
やめていた煙草を また吸いはじめたようだ
ポケットから煙草を取り出すと トントンと箱を弾いて一本取り出し
左手に挟んだ煙草の先に 手馴れた仕草で火をつけ 大きく吸った後
口をすぼめてゆっくりと煙を吐き出した
室内ではゆらゆらと立ち上る煙も 屋外では風に流され 瞬く間に秋の空に
消えていった