ジムノペディ
涙で濡れた頬を、誰かがやさしく触れる・・・・
(誰?)
確かに今、私の頬を・・・・
そっと目を開けると
美しい表情でJunが綾香の顔を至近距離からじっと見つめていた。
「え?どうしたんですか?こんな時間に・・・・」
その綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。
その神々しさ、繊細な髪
それは、Junよりも輝いて見えた。
(違う・・・・Junじゃない)
「ドリ・・・アン?」
その人物は、謎めいた笑みを浮かべると、少しだけ頷いた。
そして、細く長い指で綾香の涙を拭き取った。
(私・・・・夢を見ているの?)
彼は綾香の唇にそっと長い人差し指をあてる。
綾香の顔をまっすぐ見つめると、違うという表情で首を振った。
(私は、夢をみているんだわ。そうよ これは夢・・・・)
綾香の髪をそっとやさしく撫でてくれた。
そして、綾香の体をそっと包み込むと
何故か気持ちが楽になっていく。
それは、まるで優しさに包まれているような安堵感。
綾香は、その心地よい膝枕で、子供のように眠りについた。
日差しが眩しくて目が覚めると、エントランスフロアーだった。
どうやらソファーで眠っていたようだ。
(いったい今何時なんだろう?)
綾香の腕時計は、午前5時15分を指していた。
ふと前にいるドリアンを見ると
相変わらず同じポーズで朝の光を浴びている。
その美しい横顔は神々しく よりいっそう眩しく見えた。
(やっぱり夢だったんだ。だけど・・・)
綾香は、そっと頬に手を当ててみた。
頬に残っている感触は、夢とは思えない。
まだドキドキしてる。こんな気持ちは初めてだった。
綾香は、もう一度ドリアンの顔を見た。
その吸い込まれそうな瞳を見ると、鼓動が激しくなる。
(ありえない・・・・・)
そのまま立ち上がると、社長室の奥にあるプライベートルームへ行き
熱いシャワーをあびた。
(なんてリアルな夢だったのだろう?)
忘れたいことが、全てシャワーで洗い流されていくようだった。
突然電話が鳴って驚く。卓からだ。
「もしもし」
「おはよう!昨日、僕の車の中に携帯電話を忘れていったでしょ。
すぐに取りにきてくれたみたいだね。さっき君のお母様から電話がきたよ。
急用で留守にしていたんだ。すまない」
もう何を言われても聞きたくなかった。耳を塞いでいたかった。
「あの・・・・」
「今から、渡しに行くよ」
「え?」
「携帯電話がないと、不便でしょ」
「え?・・・えぇ」
「じゃぁ!後で」
綾香は、どんな顔で彼に会えばいいのかわからなかった。
昨夜の衝撃的な光景が嫌でも頭の中を駆け巡っていた。
気分は最悪だ。
服を着替えて身支度を整えるのと同時に、再び電話が鳴った。
「今着いたから・・・」
「すぐ下に行きます」
そのままエントランスへ向かうと、卓が笑顔で携帯電話を差し出した。
「わざわざ届けていただいて申し訳ありません」
「ん??どうしたの?そんな他人行儀みたいなこと言って・・・変ですよ」
綾香は、すぐにでもその場から立ち去りたかった。
「!!!もしかして・・・昨夜・・・」
「私・・・・仕事があるので・・・もうすぐ社員も出勤してくるし・・・」
「僕を軽蔑する?」
「いきなり何を言っているんですか?」
「見たんだね」
「見たって何をですか?」
「僕たち結婚するんだから隠し事はなしにしようよ」
綾香の心の中に、卓と結婚する気持ちなど、とうに消えていた。
「あの・・・・結婚の話はなかったことにしてほしいんです」
卓が一呼吸おいて、綾香の顔を覗き込んだ。
そして、少しだけ冷たい笑みを浮かべながら
「そうはいかない。君が思っている以上に、この話は先へ進んでいるんだ。
双方の利益のためにも取り消すなんて出来ないんだよ」
綾香は、ゾッとした。こんな卓を見るのは初めてだ。
「それとも、嫌だから結婚をやめるって親に泣きつくか?
さぞ わがまま放題に育てられたんだろうな」
いままでの卓とは、まるで別人のような人格で 綾香を罵りはじめた。
「俺は女は嫌いだ。でも君は、その中でも一番嫌いなタイプだ」
「じゃぁ・・・なんで私と結婚なんて!」
「俺を育ててくれた養父母のためだ。
幼い頃から本音も言えずに、自分を殺して生きてきたことの辛さが
君に分かるか?
父の会社を継ぐために、やりたいことも諦めて努力してきたんだ。
根っからのお嬢様育ちの君には、一生かかってもわからないだろう?」
そう言うと卓は、綾香の手を掴んで
「君は、俺と結婚すんだ。婚約解消なんて絶対に許さない。
もし、そんな事をしたら 君の生活の全てを奪うことなんて簡単なんだよ」
卓に掴まれた手首が痛くてたまらなかった。
「痛い・・・離して」
そんな綾香の言葉を無視して
黙って笑みを浮かべている卓の目は、笑っていない。
口元だけが吊り上り、目は鋭く光っている。
綾香は、恐怖と悔しさでいっぱいになった。
「どうなの?大人しく僕と結婚してくれるよね?」
綾香は、痛さに耐え切れず、頷くしか出来なかった。
「よし!いい子だ。じゃぁ僕は行くよ」
卓が出て行くと、綾香はその場にしゃがみ込んで手首を押さえた。
悔しくて、涙が止まらない。
高柳卓が養子だったことも、初めて知った。
そして、あの病的な行動も
言葉では表すことの出来ない恐怖感も。
いったい誰に打ち明けられると言うのだろう。
このまま卓と結婚する運命を背負わなければいけないのだろうか?
それは、まるで足枷をつけて生活すようなものだ。
突然 エントランスの自動扉が開く音がした。
「社長!!どうされたのですか?」
「ごめんなさい。大丈夫よ。ちょっと気分が悪くて」
「部屋で休んでいてください」
「ええ。ありがとう」
綾香は、神崎に支えられながら、社長室まで歩くのがやっとだった。
「どうか・・・・ご無理なさらないでください」
「ありがとう。少し休めばよくなるから。そうだわ!昨夜、私に電話したでしょ?
何か急用でもあったの?」
「それが・・・イメージモデルのJunが
覚醒剤疑惑があると・・・・
警察も すでに動いていると耳にしたもので」
「すぐにJunの事務所に電話して真相を確かめなさい」
「はい」
神崎は社長室を出ていった。
イメージモデルが覚醒剤で逮捕なんてことになったら
確実に会社のイメージは落ちるだろう。
再び神崎がノックをして入ってきた。
「今、電話をしてみましたが、本人に確認がとれていないようで」
「昨日はイベントに参加していたのに
本人に連絡も取れないなんておかしいわね。
いいわ。はっきりしないのなら例え噂であろうと
明らかにこちらには不利益。
Junをイメージモデルから外すことにしましょう。
その旨を弁護士を通してあちらへ伝えてください」
「はい」
「それから、急遽全てのJun関連のCMを以前のものに差し替えましょう」
「わかりました」
「あと・・・・エントランスにあるJunの人形を」
「撤去するんですね」
「いいえ」
ふと昨夜の夢を思い出すと、夢だとわかっていても
どうしても、あの人形を倉庫へ追いやるのは胸が痛んだ。
「とりあえずここへ」
「ここに置くんですか?」
「ええ」
神崎が、部屋を出ていくと、綾香は頭を抱えた。
(厄日だわ)
そして、今朝の卓の言葉が何度も何度も頭の中で繰り返される。
このまま あの人と結婚したら・・・・
考えるだけでもゾッとした。
結婚したくないと話せば、両親はわかってくれるだろう。
しかし、卓のあの瞳を思い出すと鳥肌が立った。
そう簡単に諦める人でないことは、今日の卓を見ればわかる。
もしも婚約を破棄すれば 何をしてくるかわからない。
あの鋭い狂気を感じる目を思い出すと ゾッとした。
(誰?)
確かに今、私の頬を・・・・
そっと目を開けると
美しい表情でJunが綾香の顔を至近距離からじっと見つめていた。
「え?どうしたんですか?こんな時間に・・・・」
その綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。
その神々しさ、繊細な髪
それは、Junよりも輝いて見えた。
(違う・・・・Junじゃない)
「ドリ・・・アン?」
その人物は、謎めいた笑みを浮かべると、少しだけ頷いた。
そして、細く長い指で綾香の涙を拭き取った。
(私・・・・夢を見ているの?)
彼は綾香の唇にそっと長い人差し指をあてる。
綾香の顔をまっすぐ見つめると、違うという表情で首を振った。
(私は、夢をみているんだわ。そうよ これは夢・・・・)
綾香の髪をそっとやさしく撫でてくれた。
そして、綾香の体をそっと包み込むと
何故か気持ちが楽になっていく。
それは、まるで優しさに包まれているような安堵感。
綾香は、その心地よい膝枕で、子供のように眠りについた。
日差しが眩しくて目が覚めると、エントランスフロアーだった。
どうやらソファーで眠っていたようだ。
(いったい今何時なんだろう?)
綾香の腕時計は、午前5時15分を指していた。
ふと前にいるドリアンを見ると
相変わらず同じポーズで朝の光を浴びている。
その美しい横顔は神々しく よりいっそう眩しく見えた。
(やっぱり夢だったんだ。だけど・・・)
綾香は、そっと頬に手を当ててみた。
頬に残っている感触は、夢とは思えない。
まだドキドキしてる。こんな気持ちは初めてだった。
綾香は、もう一度ドリアンの顔を見た。
その吸い込まれそうな瞳を見ると、鼓動が激しくなる。
(ありえない・・・・・)
そのまま立ち上がると、社長室の奥にあるプライベートルームへ行き
熱いシャワーをあびた。
(なんてリアルな夢だったのだろう?)
忘れたいことが、全てシャワーで洗い流されていくようだった。
突然電話が鳴って驚く。卓からだ。
「もしもし」
「おはよう!昨日、僕の車の中に携帯電話を忘れていったでしょ。
すぐに取りにきてくれたみたいだね。さっき君のお母様から電話がきたよ。
急用で留守にしていたんだ。すまない」
もう何を言われても聞きたくなかった。耳を塞いでいたかった。
「あの・・・・」
「今から、渡しに行くよ」
「え?」
「携帯電話がないと、不便でしょ」
「え?・・・えぇ」
「じゃぁ!後で」
綾香は、どんな顔で彼に会えばいいのかわからなかった。
昨夜の衝撃的な光景が嫌でも頭の中を駆け巡っていた。
気分は最悪だ。
服を着替えて身支度を整えるのと同時に、再び電話が鳴った。
「今着いたから・・・」
「すぐ下に行きます」
そのままエントランスへ向かうと、卓が笑顔で携帯電話を差し出した。
「わざわざ届けていただいて申し訳ありません」
「ん??どうしたの?そんな他人行儀みたいなこと言って・・・変ですよ」
綾香は、すぐにでもその場から立ち去りたかった。
「!!!もしかして・・・昨夜・・・」
「私・・・・仕事があるので・・・もうすぐ社員も出勤してくるし・・・」
「僕を軽蔑する?」
「いきなり何を言っているんですか?」
「見たんだね」
「見たって何をですか?」
「僕たち結婚するんだから隠し事はなしにしようよ」
綾香の心の中に、卓と結婚する気持ちなど、とうに消えていた。
「あの・・・・結婚の話はなかったことにしてほしいんです」
卓が一呼吸おいて、綾香の顔を覗き込んだ。
そして、少しだけ冷たい笑みを浮かべながら
「そうはいかない。君が思っている以上に、この話は先へ進んでいるんだ。
双方の利益のためにも取り消すなんて出来ないんだよ」
綾香は、ゾッとした。こんな卓を見るのは初めてだ。
「それとも、嫌だから結婚をやめるって親に泣きつくか?
さぞ わがまま放題に育てられたんだろうな」
いままでの卓とは、まるで別人のような人格で 綾香を罵りはじめた。
「俺は女は嫌いだ。でも君は、その中でも一番嫌いなタイプだ」
「じゃぁ・・・なんで私と結婚なんて!」
「俺を育ててくれた養父母のためだ。
幼い頃から本音も言えずに、自分を殺して生きてきたことの辛さが
君に分かるか?
父の会社を継ぐために、やりたいことも諦めて努力してきたんだ。
根っからのお嬢様育ちの君には、一生かかってもわからないだろう?」
そう言うと卓は、綾香の手を掴んで
「君は、俺と結婚すんだ。婚約解消なんて絶対に許さない。
もし、そんな事をしたら 君の生活の全てを奪うことなんて簡単なんだよ」
卓に掴まれた手首が痛くてたまらなかった。
「痛い・・・離して」
そんな綾香の言葉を無視して
黙って笑みを浮かべている卓の目は、笑っていない。
口元だけが吊り上り、目は鋭く光っている。
綾香は、恐怖と悔しさでいっぱいになった。
「どうなの?大人しく僕と結婚してくれるよね?」
綾香は、痛さに耐え切れず、頷くしか出来なかった。
「よし!いい子だ。じゃぁ僕は行くよ」
卓が出て行くと、綾香はその場にしゃがみ込んで手首を押さえた。
悔しくて、涙が止まらない。
高柳卓が養子だったことも、初めて知った。
そして、あの病的な行動も
言葉では表すことの出来ない恐怖感も。
いったい誰に打ち明けられると言うのだろう。
このまま卓と結婚する運命を背負わなければいけないのだろうか?
それは、まるで足枷をつけて生活すようなものだ。
突然 エントランスの自動扉が開く音がした。
「社長!!どうされたのですか?」
「ごめんなさい。大丈夫よ。ちょっと気分が悪くて」
「部屋で休んでいてください」
「ええ。ありがとう」
綾香は、神崎に支えられながら、社長室まで歩くのがやっとだった。
「どうか・・・・ご無理なさらないでください」
「ありがとう。少し休めばよくなるから。そうだわ!昨夜、私に電話したでしょ?
何か急用でもあったの?」
「それが・・・イメージモデルのJunが
覚醒剤疑惑があると・・・・
警察も すでに動いていると耳にしたもので」
「すぐにJunの事務所に電話して真相を確かめなさい」
「はい」
神崎は社長室を出ていった。
イメージモデルが覚醒剤で逮捕なんてことになったら
確実に会社のイメージは落ちるだろう。
再び神崎がノックをして入ってきた。
「今、電話をしてみましたが、本人に確認がとれていないようで」
「昨日はイベントに参加していたのに
本人に連絡も取れないなんておかしいわね。
いいわ。はっきりしないのなら例え噂であろうと
明らかにこちらには不利益。
Junをイメージモデルから外すことにしましょう。
その旨を弁護士を通してあちらへ伝えてください」
「はい」
「それから、急遽全てのJun関連のCMを以前のものに差し替えましょう」
「わかりました」
「あと・・・・エントランスにあるJunの人形を」
「撤去するんですね」
「いいえ」
ふと昨夜の夢を思い出すと、夢だとわかっていても
どうしても、あの人形を倉庫へ追いやるのは胸が痛んだ。
「とりあえずここへ」
「ここに置くんですか?」
「ええ」
神崎が、部屋を出ていくと、綾香は頭を抱えた。
(厄日だわ)
そして、今朝の卓の言葉が何度も何度も頭の中で繰り返される。
このまま あの人と結婚したら・・・・
考えるだけでもゾッとした。
結婚したくないと話せば、両親はわかってくれるだろう。
しかし、卓のあの瞳を思い出すと鳥肌が立った。
そう簡単に諦める人でないことは、今日の卓を見ればわかる。
もしも婚約を破棄すれば 何をしてくるかわからない。
あの鋭い狂気を感じる目を思い出すと ゾッとした。