ジムノペディ
都内の一等地の高層ビルの中にオフィスを構える大手不動産会社。
社長の期待する優秀な息子。それが高柳卓(たかやなぎ すぐる)だった。
「常務・・・これが今日の議題の資料です」
「ありがとう」
社員が出ていくのと入れ違いに、秘書の北川要(きたがわ かなめ)が入ってきた。
「おはようございます。今日は2時から会議・・・」
卓は立ち上がって、ドアの傍へ行き、誰もいないのを確認すると
北川要のほうを向いた。
「しばらく・・・会うのをやめよう」
要の表情が曇った。
「どうして?昨日言ってくれたことは嘘ってこと?」
「違う。婚約者に見られたみたいなんだ」
「・・・・・・・・・・。」
「だから、しばらくは・・・無事に結婚式が終わるまでは、おとなしくしていたい」
「あの女に気持ちが動いてるんじゃないの?」
「そんなことはない。絶対にないよ」
卓は、宥めるように要の肩を抱いて、髪を優しく撫でた。
大好きな卓の腕に抱きしめられているのに、なぜか不安でいっぱいだった。
要は密着した体を離すと、卓の瞳をまっすぐに見つめた。
「じゃぁ・・・・・今夜だけ・・・朝まで一緒にいて」
「わかったよ。好みのホテルを予約するといい」
少年のような要の瞳が、一瞬輝きが増すのを見逃さなかった。
そんな要が、たまらなく愛しい。ずっとずっと一緒にいたかった。
結婚なんて煩わしいだけだ。
でも育ててくれた養父母にだけは恩返しがしたかったし
彼等が望むなら、逆らうなんて絶対に出来ない。
日向綾香(ひゅうが あやか)には申し訳ないが
一生仮面夫婦を演じてもらう。
:::::::::::::::::::::::::::::
その夜、
綾香は遅くまで会社に残っていた。
とにかく疲れていた。
そのままソファーに横になって、寝てしまう。
(あ・・・まただ・・・・)
頬を優しく触る手の感触。
(また、同じ夢を見ているのかしら?)
綾香は、そっとその手を掴んで目を開けてみた。
透き通るような美しい瞳。
「ドリアン?」
綾香は、確かめるように その手を強く握ってみた。
「夢じゃ・・・ないの?」
美しいドリアンが頷いた。
『そう・・・・夢じゃないよ』
「どう・・・して?だってあなたは人形じゃ・・・」
『僕にも よくわからない。動けないときも僕の感情は動いている。
悲しんだり、喜んだり・・・』
「ありえないわ。だってあなたは、人間が作ったJunの人形なのよ」
『姿形はそっくりでも、僕はJunとは違う。僕自身の感情を持っている」
ドリアンは、そう言うと綾香をそっと抱きしめた。
『こうして君を抱きしめたいという気持ちも、
僕自身の感情で動いているんだよ』
「どうして、私のことなんか・・・」
『僕に名前をくれた・・・・大切な人だから』
夢か現実かなんて、もうどちらでもよい。
この彫刻のような美しく麗しいドリアンの魅力に吸い込まれてしまいそうだった。
確かにJunの人形なのに、何もかもが正反対だ。
『もう・・・・泣かないで』
「え?」
『泣いている君を見るのが辛いから・・・』
そう言うとドリアンは、そっと綾香を抱きしめた。
抱きしめられた綾香の両手が、ドリアンの背中に触れようとしたが躊躇う。
触れれば、消えてしまいそうで出来なかった。
こんなにも鼓動が落ち着かなくてドキドキしているのに
こんなにもドリアンが不確かな存在に感じられる。
『君がそう思うのも無理もない』
「え?どうして・・・・わかるの?」
ドリアンは、綾香の顔を見て、そっと微笑んだ。
『僕にも・・・・わからない。君が思うことを・・・僕も感じるんだ。
喜びも、悲しみも、君の感情をそのまま感じる。
だから君が悲しんでいると、僕も辛い』
夢だろうが、現実だろうが、遠い過去を思えば全て幻みたいなもの。
そう思えば 夢も現実も、紙一重だ。
ドリアンと過ごすこの時間が、とても癒されて救われる。
そのことのほうが大切だ。
綾香は、そっとドリアンの背中に触れてみた。
広くて 逞しくて 温かい。
彼の存在を肌で感じることが出来たせいか
胸の高鳴りは激しくなるばかりだ。
外は強い雨が降り出して、遠くに雷の音が轟いていた。
社長の期待する優秀な息子。それが高柳卓(たかやなぎ すぐる)だった。
「常務・・・これが今日の議題の資料です」
「ありがとう」
社員が出ていくのと入れ違いに、秘書の北川要(きたがわ かなめ)が入ってきた。
「おはようございます。今日は2時から会議・・・」
卓は立ち上がって、ドアの傍へ行き、誰もいないのを確認すると
北川要のほうを向いた。
「しばらく・・・会うのをやめよう」
要の表情が曇った。
「どうして?昨日言ってくれたことは嘘ってこと?」
「違う。婚約者に見られたみたいなんだ」
「・・・・・・・・・・。」
「だから、しばらくは・・・無事に結婚式が終わるまでは、おとなしくしていたい」
「あの女に気持ちが動いてるんじゃないの?」
「そんなことはない。絶対にないよ」
卓は、宥めるように要の肩を抱いて、髪を優しく撫でた。
大好きな卓の腕に抱きしめられているのに、なぜか不安でいっぱいだった。
要は密着した体を離すと、卓の瞳をまっすぐに見つめた。
「じゃぁ・・・・・今夜だけ・・・朝まで一緒にいて」
「わかったよ。好みのホテルを予約するといい」
少年のような要の瞳が、一瞬輝きが増すのを見逃さなかった。
そんな要が、たまらなく愛しい。ずっとずっと一緒にいたかった。
結婚なんて煩わしいだけだ。
でも育ててくれた養父母にだけは恩返しがしたかったし
彼等が望むなら、逆らうなんて絶対に出来ない。
日向綾香(ひゅうが あやか)には申し訳ないが
一生仮面夫婦を演じてもらう。
:::::::::::::::::::::::::::::
その夜、
綾香は遅くまで会社に残っていた。
とにかく疲れていた。
そのままソファーに横になって、寝てしまう。
(あ・・・まただ・・・・)
頬を優しく触る手の感触。
(また、同じ夢を見ているのかしら?)
綾香は、そっとその手を掴んで目を開けてみた。
透き通るような美しい瞳。
「ドリアン?」
綾香は、確かめるように その手を強く握ってみた。
「夢じゃ・・・ないの?」
美しいドリアンが頷いた。
『そう・・・・夢じゃないよ』
「どう・・・して?だってあなたは人形じゃ・・・」
『僕にも よくわからない。動けないときも僕の感情は動いている。
悲しんだり、喜んだり・・・』
「ありえないわ。だってあなたは、人間が作ったJunの人形なのよ」
『姿形はそっくりでも、僕はJunとは違う。僕自身の感情を持っている」
ドリアンは、そう言うと綾香をそっと抱きしめた。
『こうして君を抱きしめたいという気持ちも、
僕自身の感情で動いているんだよ』
「どうして、私のことなんか・・・」
『僕に名前をくれた・・・・大切な人だから』
夢か現実かなんて、もうどちらでもよい。
この彫刻のような美しく麗しいドリアンの魅力に吸い込まれてしまいそうだった。
確かにJunの人形なのに、何もかもが正反対だ。
『もう・・・・泣かないで』
「え?」
『泣いている君を見るのが辛いから・・・』
そう言うとドリアンは、そっと綾香を抱きしめた。
抱きしめられた綾香の両手が、ドリアンの背中に触れようとしたが躊躇う。
触れれば、消えてしまいそうで出来なかった。
こんなにも鼓動が落ち着かなくてドキドキしているのに
こんなにもドリアンが不確かな存在に感じられる。
『君がそう思うのも無理もない』
「え?どうして・・・・わかるの?」
ドリアンは、綾香の顔を見て、そっと微笑んだ。
『僕にも・・・・わからない。君が思うことを・・・僕も感じるんだ。
喜びも、悲しみも、君の感情をそのまま感じる。
だから君が悲しんでいると、僕も辛い』
夢だろうが、現実だろうが、遠い過去を思えば全て幻みたいなもの。
そう思えば 夢も現実も、紙一重だ。
ドリアンと過ごすこの時間が、とても癒されて救われる。
そのことのほうが大切だ。
綾香は、そっとドリアンの背中に触れてみた。
広くて 逞しくて 温かい。
彼の存在を肌で感じることが出来たせいか
胸の高鳴りは激しくなるばかりだ。
外は強い雨が降り出して、遠くに雷の音が轟いていた。