もっと美味しい時間  

マンションのエントランスを出ると、目の前の公園から爽やかな風が髪を揺らした。
梅雨が一休みしているのだろうか。今日の天気は梅雨らしからぬ、雲ひとつない晴天だった。

「仕事始めには、絶好の天気」

階段を降りると背伸びをして身体を解すと、意気揚々歩き出す。

『小麦の風』までは、ゆっくり歩いたとしても15分とかからない。歩き慣れた道を、少しドキドキしながら足を進めた。

「バイトって言うと堅苦しいから、手伝いって感じで」なんて言われ、働く時間も曜日も適当でいいからなんて……。
あのご夫妻にも、困ったもんだ。
それでは困るとやんわり抗議してみても、ニコニコしているだけで聞く耳を持たない感じだったし。

だから、火曜日の定休日以外の平日は基本出勤にして、土日は慶太郎さんがいない時は手伝うことにした。
時間は10時から16時。これが絶対ではないけれど、そのあたりは臨機応変に対応することで話しが決まった。

「兎に角、働いてみないとね」

お店の前に到着すると顔を真剣なものに入れ替えて、気を入れ直した。
すると店のドアが勢い良く開き、中から奥さんが顔を出した。

「百花ちゃん、いらっしゃい。待ってたわよ。さぁ、中に入って」

まるでお客様を迎え入れるような態度に少々困惑しながらも、奥さんに手を引かれて店の中へと入った。

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