もっと美味しい時間  

急いで大阪に行ったところで、すぐに慶太郎さんに会えるわけじゃない。けど、少しでも近くにいたいと言うか、慶太郎さんを感じていたいと言うか……。
って、私ったら何考えちゃってるんだろう……。は、恥ずかしい。
隣の席、空いていて良かった……。
赤くなった顔を隠すようにバッグの中をゴソゴソと探ると、ハートのチャームが付いた鍵を取り出す。
慶太郎さんが大阪に行く日にもらった、大切な鍵だ。

『帰りは少し遅くなるけど、絶対に家で待ってろよ』

お昼休みに今晩行く事を知らせるメールを送った時、帰って来たメール。
たったそれだけの短い文章だったけど、“家で待ってろよ”の言葉に少々舞い上がってしまった。
この鍵があるから、慶太郎さんの帰りを待っていられる……。いつでも大阪に行く事ができる。
私にとって、魔法の鍵みたいなものだ。
って、ちょっと大袈裟?


すっかり暗くなった空を賑やかな街の明かりが、白く照らしている。
新幹線も京都を過ぎ、車内アナウンスがもうすぐ大阪駅に着くことを知らせた。
慶太郎さんがいる同じ地に降り立つ喜びと、初めて来る知らない地への不安。
両方の思いが入り混じりながら、荷物を持って席を立った。

大阪駅から慶太郎さんの新居までの行き方は、事前にメールで説明を受けていた。それも、まるで初めてお使いに出す子供に説明するかのように……。
私を心配しての事だったが、あまりの事細かさにうんざりして、「絶対に大丈夫っ!!」なんて豪語したんだけど……。
無理でした。私、料理以外はてんでダメでした……。
いきなり切符は買い間違えるわ。行き先の違うホームに立つわ。乗ったバスは、目的地まで行かないわ……。
今自分がいる場所が、全く分からなくなってしまった。
今にも泣きそうな気持ちで携帯を握りしめていると、慶太郎さんからの着信を知らせる音楽が鳴り響いた。




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