もっと美味しい時間  

「やっぱあんた、おもしろいわ」

掴んでいた手を離し正面を見ると、クックっと肩を震わせて笑い出す。その耳障りな笑い方に耳を塞ぐ。
慶太郎さんに泣きつくんじゃなかった。この人に送ってもらうんじゃなかった。後悔ばかりが頭の中を駆け巡る。

「晩飯食った? まだだよな? 一緒に食わない?」

「食いませんっ」

「何で? 慶太郎、今日は遅いじゃなかたっけ?」

「だとしても、あなたとは食いませんっ」

「えらく嫌われたもんだな」

「二度と会いたくないくらい、嫌いです」

いくら同じ会社だと言っても、私の部署と大阪支社はほとんど縁がない。私自身が大阪支社に出向くことでも無い限り、会うことは無いだろう。
その点だけは安心とほっと一息つくと、車がゆっくりと停車した。

「はい、ここがあいつのマンション。と言うか、大阪支社の役職付き独身連中はだいたいここに住んでるな」

「へぇ~、そうなんだ」

支社長になったんだからいいところに住んでるんだろうとは思っていたけど、想像以上に豪華なマンションでちょっとびっくり。
独身連中ははだいたい……。独身? ちょっと待って。
嫌な予感が過ぎり、身体がブルッと震える。

「つかぬ事をお聞きしますが……」

「何だよ、急に畏まって。気持ち悪い」

「き、気持ち悪いってっ!! 櫻井さん、ちょっと言葉遣い直したほうがいいんじゃありませんか?」

「櫻井さんって、他人行儀だなぁ~。京介でいいよ」

「なんで私が、あなたのことを名前で呼ばないといけないのっ!!」

頭が痛くなってきた。さっさと聞くこと聞いて、車から降りよう。

「あなたもこのマンションに住んでるとか?」

「当たり前だろ。俺、独身だからな」

はははっ……。こういう直感は当たるのね、私。
私の中の安心神話が、ガタガタと音を立てて崩れていく。
って、やっぱり私って大袈裟?









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