二度目の恋
 亨は唾を飲んだ。恵子は愁の顔を見て、話半分に聞いていた。愁は話を続けた。
「彰はそっと家の壁に近づいて、窓から中を覗いた。すると影が見えたんだ。黒く、凍り付いた人影が……彰の心臓は爆発的に鳴り響いた。『ドックン、ドックン、ドックン、ドックン』ってね。壁に張り付いて、体中震えが止まらなくて、目をパチクリさせた。そして勇気を出してもう一度窓から覗いた。今度は彰は避けることなくジッと部屋の中を覗いたんだ。黒い影が部屋の中を彷徨っていた。何かを引きずりながら……彰は思わず唾を飲み、そして引きずっている物が見えたんだ。ほんの少しの光が部屋の中に漏れたとき……人間が……女の人の髪を持って引きずっているブラックが……彰は一目散にその場を去った。次の日、彰が警察に通報して家を調べると女の人の死体が床底から見つかった。だけど、ブラックは見つからなかった。まだ、この村の何処かに潜んでいるかも……」
 亨が目を見開き唾を飲んだ。愁はまだ興奮していた。
「くだらない話だわ。ただの噂よ」
 恵子が冷静な口調で言った。
「いや、俺も聞いたことがある。この話ではないがね。けど、いろんな噂があの家にはあるんだ」
 亨が言った。
「愁、そんな話は信じないで。一体誰に聞いたの」
 恵子が言った。
「がんちゃん」
 愁が言った。
「がんちゃん?」
 恵子は少し呆れて言った。がんちゃんとは古希がん太という名の男で亨と幼なじみでもあり、同級生でもある。がん太は村一番のギャンブル好きで調子者でもあった。恵子はガン太の話を信じなかった。
「ガンちゃんなら嘘だわ」
 恵子が続けて言った。
「そんな言い方ないだろう」
 亨が言った。
「でも嘘よ。男はみんな空想の檻に入った獣ね」
「じゃあ女は何だ」
「女はロマンチストよ」
「ロマンを追ったお姫様って訳か」
「そんな言い方しないで」
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