二度目の恋

第二十章

 「橘!ここだ」高山の声だった。そこは、喫茶紅涙。客は高山だけだ。そんなに大声で呼ばなくとも分かる。「また遅刻だ」高山は席を立って愁を呼んだ。「すみません、寝坊しました」愁は言った。「寝坊?また徹夜か」高山は言った。「いえ、昨日田舎に帰りまして……」愁は頭をかきながら言った。「まあ座れ」高山が言うと、愁は座った。その姿を見ると、高山も落ち着いて座った。
「田舎?どこだ」
高山が言った。
「神霧村と言う村です」
「神霧村?」
「知ってますか?」
愁は前にのめり込んで聞いた。
「いや、知らん」
「まあ、小さい村ですから。で、今日は何ですか」
「ちょっと待て!もう一人来る」
「松永ですか?」
「そうだ、またあいつ寝坊だ」
 その時、チャランという音と同時にドスンという音も聞こえ、「イッテ!」と言う男の声が聞こえた。愁と高山は入り口のドアを見ると、階段から落ち、腰をさすっている松永健太郎がいた。健太郎はすぐさま立ち上がり、愁と高山に近づいた。「すんません、遅刻しました」そう言うと高山は席を立った。
「橘に謝れ」
「先生、すんませんでした」
「おまえ、寝坊か。昨日、何やってたんだ」
高山は苛立ちながら言った。
「先生と一緒でした」
 高山は『橘と一緒にいろ』と健太郎に言った言葉を忘れていた。その健太郎の一言で思い出した。理由は分かった。<ならば、橘も納得するはずだ>高山は自分自身に納得した。そう思うと怒る気力も失せたが、表面上に出した以上、その苛立ちを保たなければならなかった。
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