僕のとなりは君のために
結局、僕は何度も車掌や小父さんに謝り、およそ二時間にも渡る長い説教を聞き、やっと開放された頃には、自殺しようとしていたときよりも、ずっと精根尽き果てていた。

君といえば相変わらずの爆睡ぶりで僕のみならず、周りにいた全ての人を驚かせていた。

僕は何度か君を起こそうと思って、君の頬を軽く叩いたことがあった。

けれど、君は猫のように唇を舐める仕草があっても、起きる気配は一切なかった。

再度車掌に頭を下げ、君を背負って駅をあとにした。

腕時計を見ると、針はすでに九時を差している。
帰るか……

僕は君を見た。

ぐったりと君は頭を僕の肩に預け、スヤスヤと平穏なイビキをかいている。

憂鬱さに拍車がかかった…………

住宅街にある公園のベンチに君を寝かせ、僕は一息をついた。

夜風が気持ちいい。

本当ならこうして夜の公園を楽しむのも悪くないけど、いまの僕にそんな余裕がまったくないのだ。

君のリュックを拾いあげ、申し訳ないと思いながらもその中に手を伸ばした。

もしかして君の住所がわかるものが入ってるかもしれない。

鞄の中から財布が出てきた。女の子らしいピンクの財布だ。

唾を飲み、もう一度ベンチで寝ている君を見た。起きる様子はない。

よし! 開けよう。

財布を開いた。

「なに、なに……」

まず出てきたのは、カラオケの割引券だった。表には花火のようなものが描かれていて、色鮮やかのくせに紙の所々薄汚れている。
しかも半分ほど切れていた。

首を傾げ半分になった割引券をしまい、身分証らしきものを探った。

「116円……」

君の全財産だった。
君の家はどこにあるかは知らないけど、間違なく君はもう電車には乗れない。

次、次と………

鞄から今度は一冊の大学ノートが出てきた。
表紙には『愛をさけぶ』と乱暴に書かれていた。
不本意ながらも中を拝見させてもらうことにする。

内容は、どこぞ映画化したベストセラーに似ている。

盗作? まぁいい。

ノートをしまい、再び鞄をあさる。
すでに申し訳なさや後ろめたさが消えている。

結局、財布と大学ノート、メガネやメガネケース以外なにも出てこなかった。

「仕方ない。警察に突き出すか……」
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