生前の君に捧ぐ、最初で最後の物語
「兄に感謝しないといけませんわね。丁度兄と喧嘩をしてしまいまして。
そうでなければ、貴方に会うこともなかったのですから」

だからこの場所に来たのだと私は理解した。
何故なら彼女は先ほど私に言ったのだから。“悲しいことがあると此処へ来る”と。

「それで、貴方の答えはどうなのでしょうか」
「私で良いのですか」
「はい。わらわは一之瀬佐久子と申します。
誰に書くかも分からないのでは、お話も書けませんよね」
「私は青木太一郎です。一之瀬さん、ですね」

はい、と返事をして私の顔を見つめる佐久子。
私は親族以外の異性に、顔をこんなにも見られることはなかったから、
おそらくは顔を紅に染めてしまっていたに違いないだろう。

「佐久子で構いませんわ。太一郎さん、約束ですわ。それまで絶対に死んでは駄目ですよ」

そう言って、佐久子は私に小指を差し出す。だから私も差し出した。これは約束の証。


ある新緑眩しい夏の日のことである。
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