Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
 呟いた後で、ジェイムズが慌てた顔つきでジョーンを見詰めたから、ジョーンは聞こえない振りをした。

 ジョーンの目をじっと見詰めるジェイムズに、今しがた気がついたかのように視線を合わせた。

「何かしら? ジェイムズの言う通り、大人しくしているわ。でも、ジェイムズと一緒に踊ってからでもいいでしょ?」

 ジョーンは甘い声を出してみた。ジョーンの笑顔に、ジェイムズもつられたのか、顔には笑みが広がった。

 ジェイムズが何かを知っているようだ。

(ジェイムズの言葉から犯人は、女ね)

 ジョーンは真剣に考え込みそうになり、はっとした。

 ジェイムズがジョーンの顔を見ていた。考えるのに集中して、顔が怖くなっていたのかもしれない。頬を持ち上げて、楽しそうな顔に固定した。

(女で殺したい程に、憎まれているとしたら)

 考えられるのは一人しかいない。クライシス伯爵夫人のレティアだ。

 矢を放ったのは、レティアで間違いない。今も殺すチャンスを窺っているのだろう。

 ジェイムズが、レティアの犯行に気付いているのだろう。そして今も、ジョーンの命を狙っていると知っているのだ。

 ジェイムズの心はレティアから離れてきているのか。

 盲目になり、愛し合っていたのはジェイムズにとって過去となったのかもしれない。火遊びの火は、消えたのだ。
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