Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
 一四三〇年七月十日。午前五時半。

 ジョーンは鏡台の前に座ってエレノアとローラに化粧させていた。コルセットを着けていない下着の状態で椅子に座っていた。

 髪も寝起きのままだった。腰まである髪が、自分勝手にカールしてボリュームが増していた。

 髪は化粧が終わってから、整える順番となっている。髪留めで前髪を押さえて、生え際まで丁寧に化粧していった。

 ジョーンは白くなっていく顔を鏡で眺めていた。鏡の中には、ソファとテーブルが見えていた。

 テーブルの上には、豪華な花が生けられた花瓶が置いてあった。

 ノックが二回鳴ると、ドアが開いてケインの声が聞こえてきた。

 挨拶する声が低く、室内を歩くペースも早い。珍しくウイリアムを従えていなかった。

 一人で部屋に入ると、長い足を大きく開いて歩いていた。

 ケインが急ぎの用事で来たと、誰の目から見てもわかった。腰にある剣が、忙しなく音を立てて近づいてきた。

 ローラが慌ててガウンを持ってくると、まだ下着姿のジョーンの肩に掛けた。

「ケイン、まだ用意の最中よ」

 ジョーンは鏡の中でケインの姿を捉えた。

 ガウンの袖に手を通すと、襟元を押さえて胸元を隠した。ジョーンは振り返らず、座ったまま鏡の中でケインと目を合わせた。
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