Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
 すぐにでもマードックの手を突き放してしまいたい。マードックをジェイムズに引き合わせて殺す、という負い目さえなければ、「無礼者」と叫びたいくらいだ。

 ジョーンはケインの顔色を窺った。マードックとジョーンから四歩ほど後ろに下がった状態を、黒い影が保って歩いているのはわかった。

 顔色を見たくても表情どころか、多分後ろにいる人がケインなのだろうとしか曖昧にわからなかった。

(ケインは今、どんな顔をしているの? 私はケインの気持ちが知りたいわ)

 ケインの忠告を無視してマードックを誘ったジョーンに呆れているのか。怒っているのか。それとも何とも思っていないのか。

 庭灯の届かない場所まで行けば、ジェイムズが待っていると思った。すぐにマードックと接触してくれるとジョーンは考えていた。

 明かりが届かない森林の中に入ると、ジョーンではなく、マードックが行き先を決めていた。ジョーンは腰に回されている手で押されるまま、ただ従っているだけだった。

 ジェイムズがどこかで監視しているのか。気配を消して、近くにいるのか。ジョーンはマードックに気づかれないように、一通り見渡してみた。暗くて、他に人がいるかさえも皆目わからない。

 ジョーンには気配すらも感じられなかった。

「てっきり、王妃陛下に嫌われたかと思っていました」

 突然、ジョーンの耳元でマードックが嬉しそうな声を上げた。熱気のある息がジョーンの耳に吹きかかった。
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