Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
 一四四三年六月十六日。午前八時。

 ケインはゼクスと一緒に、牢獄塔に来ていた。ウイリアムのいる牢屋の前に立つと、部屋の隅で小さくなっているウイリアムに声を掛けた。

「もう一度、確認するが、国王軍に間違いなく協力するな? 裏切った場合、婚約者の命はないと思え」

 ゼクスが、顔を上げたウイリアムに質問した。ウイリアムが無言で、頷くと立ち上がって鉄格子の近くまで歩み寄った。

 睨むわけではないが、ウイリアムの目が鋭かった。ケインには、ウイリアムのきつい目つきが、何かを企んでいるように見えた。

「計画を話す。死刑宣告を受けたウイリアムが、逃走してダグラス城へと逃げ込む。ウイリアムを追っていく国王軍が、翌朝までにウイリアムを引き渡すように通告する。ウイリアムは夜明け前に城門を開けて、火矢を射ろ。火矢が開城の合図だ」

 ケインの言葉に、ウイリアムが黙ったまま頷く。ケインは、ウイリアムに微笑んだ。だがウイリアムの表情は変わらなかった。

(もう心は開かないか。ウイリアムは私を恨んでいる?)

 ウイリアムに何と思われようと、ジョーンのために生きると決めている。ジョーンが幸せになるためなら、どんな汚い仕事だってこなせる。

 どんな恨まれ役だって、こなして見せる。

 ゼクスが振り返って、牢獄の見張り役の兵士を呼んだ。腰にはじゃらじゃらと鍵の束を揺らしていた。体格の良いスキンヘッドの男は、鍵束から鍵を一つ取り出した。

 鉄格子のドアが開いた。小さなドアから、ウイリアムが出てくるなり、ゼクスが腕を掴んだ
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