Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
ウイリアムが、ゼクスに引きずられるように歩きだした。その後ろをケインが歩いた。

「ウイリアム、裏切るなよ。ジョーン太后陛下のために、長年の汚名を晴らせ」
 ケインはウイリアムの背中に向かって、言葉を投げた。

「わかってます」とウイリアムの冷たい言葉が返ってきた。感情の籠っていない声だった。

「裏切ったら、将来はない。国王陛下のために働けば、結婚もできるし、ダグラス伯の地位も継げる。どっちが己のためになるか。考えろよ」
 ゼクスが低い声で囁いた。が、ウイリアムからの返事はなかった。

 塔を出ると、大勢の兵士が待機していた。ゼクスがウイリアムを引っ張りながら、城門の近くへと歩を進めていく。ケインも後ろから歩いて行く。

 大勢の男の間を縫って歩くウイリアムが、何人もの男の肩にぶつかっていった。
 エディンバラの城門近くでは、先発隊の準備が整っていた。
 ゼクスが乗る馬の他にも、もう一頭ほど準備されていた。ゼクスの馬に比べて、毛並みが良くなく、艶もない。見た目からして、明らかに良い馬とはいえない。

「お前が乗る馬だ。これでダグラス城へ行け」
 ゼクスがウイリアムの腕を離した。ウイリアムが馬に乗っていると、城門がゆっくりと開いた。吊り橋がすでに降りている。

 馬一頭分ほど開いたところで、ウイリアムは走りだした。その後に続いて、三人の兵士が飛び出していった。
 ダグラス城までの先導役だ。きちんとダグラス城に入ったか、見届ける役目もある。四人が城から出ていくと、すぐにエドマンドの乗った馬が城門を潜ってきた。

 先発隊の中にロイの姿を確認したのか、視線が一度ふっと遠くになり、すぐにケインに戻った。馬から降りて呼吸を整えると、顔を上げた。

「犬が動きました。確認済みです」
 エドマンドが報告をした。犬とは、ロイだ。確認済みとは、ダグラス城に使者が戻ったのを見届けたという報告だ。

 ロイは確実に、国王軍を裏切った。ブラック・ダグラス軍の一味と考えていい。ケインはゼクスと目を合わせた。

「御苦労だった。エドマンドは私と一緒に来るように。ゼクスは予定通り、出発してくれ」
「了解! ダグラス城前で待っている」
 ゼクスがケインに笑顔を見せた。ゼクスのすぐ後ろにいた兵士が、大きな声で出発の号令を出した。
 ゼクスが愛馬に跨った。隊の旗が掲げられ、風に大きく揺れる。

 騎兵四〇、歩兵四〇〇で先発隊は出発した。もちろんその中にはロイの姿もある。何も知らないロイが、戦場に向かった。

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