Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
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 ゼクスが出発した後、ケインはエドマンドとチャールズに、すぐに隊列を整えるように命じた。

 ケインは騎兵三〇〇、歩兵三〇〇〇でエディンバラを出発した。ダンフリースに到着すると、隊を二つに分けた。エドマンドの率いる部隊も入れて、ケインは騎兵六〇、歩兵六〇〇を従えて、ダグラス城に向かって出発した。
 残りの騎兵と歩兵は、夜明けにダグラス城前にチャールズが率いてくる。もし夜明け前に戦闘が起きたら、早馬を出し、すぐに駆けつける予定になっていた。

 ケインが国王軍の本拠地に到着したのは午後四時を過ぎていた。すでにゼクスの命令で、馬防柵や逆茂木の準備は進められていた。
 本拠地の周りに堀を築き、溝の底に杭を打ち込む。杭に枝の張った樹木を固定し、立て並べた。枝の張った樹木を外側に斜めに寝かて、溝を埋めて、樹木を固定していた。

 馬防柵は木の枝を格子状に組んで、堀の内側に二重にして固定していた。
 ケインはエドマンドに、到着したばかりの兵士にも、馬防柵と逆茂木の制作に着手をするように命令した。
 本拠地の後方にロイの部隊があるのを確認してから、ケインはゼクスのテントに向かった。

「手際がいいね。こんなに準備が進んでいるとは思わなかった」
 ケインはゼクスのテントに入るなり、絨毯と睨めっこをしているゼクスに声を掛けた。銀色の甲冑を着ているゼクスが顔を上げて、ケインを見た。兜は被っていないが、暑いのか、顔じゅうに汗の滴が乗っかっていた。ケインも甲冑を着て、暑いには暑いが、ゼクスよりは汗はかいていない。

 二〇〇平方フィートのテント内には、毛皮の絨毯がしきつめられていた。
 ゼクスがにんまり笑うと、こめかみを人差し指で叩いた。

「五人一組で班を作った。成績優秀者には褒美をやるって言ったら、この頑張りようだ」
「ゼクスらしい作戦だね。それで、褒美とは?」
「女だ。綺麗な女を連れてきてやると言ったら、俄然やる気だ」
 ケインは鼻を鳴らすと、テントの中央に置いてある机の前に立った。簡単な地図が一枚乗っていた。

「ウイリアムはダグラス城に入った。すんなり門が開いて、中に入ったそうだ。ダグラス城には使者を送って、ウイリアムを引き渡すように伝えてある。引き渡さない場合、明朝六時の鐘の音と共に攻撃をすると警告は出した」
「ブラック・ダグラス軍から、何か言ってきたか?」
「何も言ってこない。使者も帰って来ない。たぶん、殺されたな」
 ゼクスの報告に、ケインは頷いた。ジェームズ・ダグラスは戦う気でいる。国王軍と戦い、王になろうとしている。

 どうせロイから、聞いているはずだ。ウイリアムの脱走など、国王軍のでっち上げで、ブラック・ダグラス軍に戦いを仕掛けるための理由づけにすぎないと。

 ダグラスは今頃、城の中で戦の準備をしているのだろうか。塔の窓から、国王軍の人数を見て、奇襲の計画でも練っているのだろうか。

 それとも勝利を確信して、エールでも飲んでいるのか。バハン伯を問い詰めているかもしれない。ロイからの情報を信じ、ウイリアムの存在で確信にかわる。バハン伯との強い絆が、今断たれようとしているのかもしれない。

「顔が怖いぞ」
 ゼクスの声にケインは視線を上げた。

「皆、顔色を見ている。大将は堂々と余裕のある顔をしていろ。怖い顔でいるのは俺だけで充分だ」
 ゼクスが肩を叩いた。少し緊張しているのだろう。

 ケインは深呼吸をした。まわりの人間から見られている。もっと意識しないと。勝機に気をとられて、まわりが見えなくならないように気をつけないといけない。

「ロイには働いてもらったから、今度は責任をとってもらおうか?」
 ゼクスが楽しそうに呟いた。腰に佩いている剣を引き抜いて、刀身の輝きを確認する。ケインも腰に佩いている剣の柄を掴んだ。

 ゼクスが刀身を鞘にしまうと、ケインと目を合わせて頷いた。ロイをこれ以上、生かしておく必要はない。国王軍を裏切った人間など、この戦には必要ないのだから。
 ケインとゼクスは、テントの出入り口に向かって歩き出した。

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