Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
「スコットランドは余の国だ。マードック如きに好きにさせられん。こんな男の顔は見たくない。さっさと斬ってしまえ」

 ジェイムズの低い声が響いた。

「私は、父とは違います。絶対に国王陛下を裏切るような真似はいたしませんから」

 マードックが叫び出した。必死に首を繋ぎ止めようとしていた。死にたくない、殺さないでとジェイムズに訴える。

 家臣が剣を抜く音が聞こえた。少し離れた場所で黒い塊が動いた。

 ジョーンは拳を強く握りしめた。爪が掌に食い込んだで痛かった。人が殺される場面に立ち会うのは初めての経験だ。ジョーンの呼吸は浅く早くなった。心臓の音が体中に響いた。瞼を閉じると、ジョーンはマードックから視線を逸らした。

 開けていても暗くて、殺すシーンなど見えない。それでも固く瞼を閉じて、全身の筋肉を緊張させた。

 マードックの言葉が途切れると、ジョーンの耳に甲高い音が届いた。首を斬られたのだろう。

 初めて聞く死の音に、ジョーンの肌に寒気が走った。ぞわぞわと身の毛が逆立った。ジョーンは拳を握っていた手の力を緩めると、すぐに両耳を塞ぎ、座り込んだ。

(人の血が噴き出る音など、聞きたくない)

 マードックの死の音は、窓から強風が吹き込んだときに聞こえてくる音に、似ていた。轟々と鳴る中で、ぴゅうぴゅうと、時に長く短く、時に高く低く耳につく音と同じだった。

「マードックは死んだか?」

 ジェイムズの声が、塞いでいる耳に入ってくる。ジョーンは目を開けて、立ち上がった。

 黒い影がうつ伏せで痙攣を起こし、動かなくなっていた。
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