Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
 正当な手続きを経て、マードックを刑に処せばいいのに。人を騙して、闇の中で殺すなんて、国王がする行動じゃない。

 もっと堂々とするべきだ。陰に隠れてコソコソと人を殺したって、摂政職の人間が姿を消せば、噂が広がる。良くない噂が一度でも流れたら、膨れ上がって収拾がつかなくなる。

 裁判を起こせば、皆が納得してくれるはずだ。きちんとした正当な理由のもとでマードックを殺せるのだ。

 どうしてジェイムズは、裁判をしないのだろう。

「死体は、犬にでも食わせておけ。余はジョーンと散歩をしてから帰る」

 ジェイムズが家臣に向かって命令をすると、早足でジョーンの隣に戻ってきた。ジェイムズの手がジョーンの肩に触れた。マードックのように湿っているように感じた。

「余はジョーンが、欲しい。今、すぐにだ」

 小声でジェイムズが囁いた。耳たぶに掛かる息は熱を持ち、気持ちが悪かった。ジェイムズの呼吸が乱れて、吐く息が荒い。

 ジョーンの背筋が凍った。

(私は抱かれたい気分じゃないわ)

 人の死を目の当たりにしたばかりで、ジェイムズに抱かれるなんてできるはずがない。

 だからと言って、ジェイムズには逆らえない。口答えするなと言われたばかりだ。異国から嫁いできた王妃は、子を産むだけの道具にすぎないと聞いていた。ジェイムズにとってもジョーンは子を産むだけの存在なのだろうか。
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