Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
「さっそく、余に口答えするつもりか」

 ジョーンはジェイムズから視線を動かして、下を向いた。ジョーンの話を聞くつもりもないのだ。ジョーンは下唇を噛みしめた。悔しくて、行き場のない感情が涙となって頬を伝っていく。

 イングランドの生活では、上から圧迫されて、惨めで屈辱な思いをした経験など一度もなかった。家族はジョーンを愛し、友人にも恵まれていたのに。

 スコットランドに来たら、どうだろうか。心を許せる友人もおらず、信頼できるメイドや騎士をイングランドに帰せとまで言われた。ジョーンはジェイムズに言い返せない己自身にも悔しくて、情けなさを感じた。

(最初から、他人を気遣う気持ちなんか全然ないんだわ)

 ジョーンは何となくジェイムズの本性がわかった。

 マードックを殺した現場を見たから、気づけた。自分勝手な行為が、殺人という形になった。

 国のためとか、世のためという理由なんか、ジェイムズの中には一切ない。暗殺計画も、ジョーンを使うための嘘だった。

 中途半端に頭が良く、野心がある。それでいて自分勝手で、己中心の考え方しかできない。広い視野を持って、世界を見ようとしない男だ。

 湿った空気がジョーンの身体に纏わりついた。まるでマードックの魂が、ジョーンを怨んで付き纏っているように感じた。

(絶対に、ケインたちをイングランドに帰さないわ)

 ジョーンはジェイムズに身体を弄られながら、心に誓った。
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