Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
 ケインは森の中へと続く小道をじっと眺めていた。

 五月と言えど、スコットランドの夜は寒い。ジョーンの身体が冷えぬうちに、城に戻ってほしいと願っていた。

「忠実な騎士がいると聞いていましたが、貴殿のようですね」

 暗闇から出てきた男に、ケインは目を合わせた。

 ブラック家のジェームズ・ダグラスが後ろで手を組んで、偉そうな笑みを浮かべたままケインに近づいてきた。

 夕食後からマードックと一緒に行動していないとは思っていたが、森の中から出てきたというのはどういう意味があるのだろう。

 ケインはじっとダグラスの目を見て、奥に隠れている感情を読み取ろうとした。

 ダグラス一族はブラック家とレッド家に分かれていた。初代ダグラス伯の妻の子がブラック家ダグラス伯を継承していき、愛人に産ませた子がレッド家のダグラス伯を継承していた。

 ケインの目の前に立っているジェームズ・ダグラスはブラック家の人間だ。マードックの父親アルバニ公ロバートの娘と結婚をしていた。

 今年五十三歳になるが、爵位をもたない男だった。年齢はケインよりはるかに上だが、地位はナイトの称号をもっているケインのほうが上だった。
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