金色の陽と透き通った青空
第14話 穏やかな休日
 今日は、お店の定休日を土日にしてから初めての休日。そして、智弘が木工家具製作所に務め始めて初めての休日でもある。

 杏樹は、この一週間は慣れない仕事にとても疲れただろうと、智弘を起こさないようにそっとしておいた。きっと熟睡中なのであろう、小屋裏部屋からは何の気配もしないぐらいに静かだ。
 杏樹も休日は、たまった疲れと寝不足を補う為に朝寝坊するが、何せ朝のとても早い仕事なので、物凄く朝寝坊したつもりでも朝8時には目が開いて起きてしまう。
 お天気もいいのでシーツ類など大物の洗濯物を洗って干して、普段手の行き届かない場所の掃除を念入りにした。それから庭のお手入れ。
 そうこうしている間に、智弘もそろそろ起きるかしらと、ブランチの準備をし始めた。

 キャロットスープに、ベーコンとキノコのマフィンとバナナとラズベリーのマフィンに、グリーンサラダと、フレッシュハーブティ。肉体労働をしている智弘には、焼いたチョリソーソーセージとスクランブルエッグもつけた。

 今日のハーブティーは、ローズマリー、レモングラス、ミント……。

 庭から摘んで来てサッと洗ったハーブの水を切って、適当な大きさに切って、耐熱ガラスのティーポットに入れて、熱い湯を注いだ。少し時間を置いて濃い目に抽出したら、耐熱ガラスのピッチャーに移して粗熱を取ったら冷蔵庫に。智弘が起きたら、氷を入れたグラスに注いで、アイスで頂こうと思ってる。

 今日はお天気もいいし、ウッドデッキのガーデンテーブルでブランチするのが良さそう……。
 杏樹は白い鋳物のガーデンテーブルの上にランチョンマットを敷いて、カトラリーを並べた。テーブル中央には、小さなグラスの花瓶に庭で摘んだ花を生けた。それから深緑色のガーデンパラソルを広げた。

「準備完了!!」

 そうこうしている内に、智弘がやっと起きて来た。

「おはよう。すっかり朝寝坊してしまってゴメン……」

 まだ寝ぼけ眼でバツが悪そうな顔で、頭をポリポリとしながら苦笑した。
 杏樹が無期限の観察期間とか、機嫌を損ねるような事があったら追い出すとか、初めにキツイ事を言ったので、いつも腰が低くて、気を使ってる様子で、可愛そうな感じだ。とても疲れてるようなのに、危ない機械も色々使って作業しているみたいで、とても神経も使う大変な仕事だと感じるし、負担をかけてしまって大怪我に繋がったらと急に不安になった。

「あの……。もうそんなに気を使わなくていいですよ。あなたが本当に心底変わった事は分ったから。もう怒ってないので……。疲れてるみたいだし、仕事で怪我でもしたら心配だし」

 ――もういいかなと思った。
 離婚届の事は、智弘の知らない所で行なわれた事だし、彼もかわいそうな境遇の人だったのだと言う事も分ったし……。自分もいつも受け身で、彼とはなし合おうとする努力が足りなかったと思う。だから……。それに、彼の事嫌いじゃないし、逆に魅かれている自分に気がついた。

「え?」

 杏樹の一言に、まだ寝ぼけていた頭がはっきり目覚めた様子で、智弘が驚いた顔をした。

「俺とやり直してくれるの?」
「ブランクがあったので、そ……それは……まだちょっと。でも、前向きに考えてます」

 やり直すと言って、いきなり夫面されても……。まだそんな急速に親密な関係と言うのもちょっと抵抗があった。

「じゃあ、俺達の今の関係は?」
「う〜ん。交際し始めた恋人同士って感じかしら……」

 苦し紛れに杏樹が言った。

「友達から恋人に格上げされたんだ!! やった〜っ。ありがとう!!」

 そう言っていきなり両手で手を包まれた。

「あ……。触ってはいけなかった?」

 嬉しくてつい杏樹の手を握りしめた自分の行動にハッとして、不味かったかなと、慌てて手を引っ込めた。折角柔和になってくれた彼女との距離を、失態を犯して後戻りさせるような事になったら元も子も無い。智弘は慌てた。

「このぐらいなら……」

 その返事の瞬間、智弘は嬉しそうに瞳を輝かせた。

「抱きしめるのは?」

 ちょっと図に逆上せたかなと思いながら、聞くだけなら怒られないかなと、一歩全身を目論む智弘。

「まあ……そのぐらいなら……」

 その途端、飛びつくような勢いで、ギュッと抱きついてきた。杏樹は内心(キャッ!!)と思った。前よりも腕が筋肉質になって、逞しくなったなと感じた。

「じゃあ……キスは?」

 おいおい!!その辺でやめておけよ!!と理性が囁くけれど、心とは裏腹な智弘の本能が知性を押さえ込んで危険な一言を嘴ってしまった。

「か……考えておきます……」

 恥ずかしくてイエスと言えなかった。ちょっと微妙な気持ち。許してあげたいような、まだ早いかなと思ったり……。

「出来るだけ前向きにお願いします」

 もう一生離れたくないような雰囲気で、いつまでも抱きついている智弘。ずっとこうしていたいと思った。

「そ……そのうちに。さっ、早く食べましょう。ここ……外ですし……」

 いつまでも抱きしめているので、杏樹はこんな外でちょっと恥ずかしいと思った。定休日だと知らずに店にお客さんが見えたらと思うと心臓が凍りつきそうになった。

「あ...うん。家でまた抱きしめてもいい?」

 やっと解放してくれたけど、とても名残惜しそうな智弘。頬がうっすらと赤く染まっていた。

「また後でね……」

 そんな彼がちょっと可愛らしい。本当に、シッポを振って戯れついてくる子犬みたいね。杏樹は心の中で(ふふふっ……)と笑った。

 智弘は嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。

「わあ。俺……感動で胸がいっぱいだ。だけどお腹はペコペコに減ってるけどね……」

 智弘の満面の笑顔が、外の太陽の光に照らされて、更にキラキラと輝いて見えた。

「ふふふ……。早く身支度して!! 頭跳ねてるし。あなたが身支度してる間に、テーブルにご馳走を並べておくから……」
「うん。なあ」
「ん?」
「折角恋人同士に昇格したから、君とデートしたいんだけど……」

 目を輝かせながら、照れながら智弘が言った。

「デート?」

 杏樹も目を輝かせて、心を時めかせた。彼とデートだなんて初めて……。それにデート自体初めての経験だ。 

「うん。折角軽井沢に住んでるし、2人で森の中をサイクリングなんてどうかな?」
「うわぁ〜すてき〜!!って言いたい所なのだけど。私……恥ずかしい事に自転車に乗れないの」

 折角のデートに心ワクワク気分だが、悲しい事に杏樹の苦手の中の一つが自転車だ……。

「じゃあ今度自転車に乗れるようにコーチしてあげるよ。とりあえず今日は、レンタサイクルで2人乗り自転車を借りよう!!」
「それ……。私でも大丈夫?」

 ワクワクする気持ちと、自転車に乗れなくて大丈夫かなという不安感が交差する。

「二人乗り自転車(タンデム車)だと、自転車の乗れない人でも大丈夫らしい。チャレンジしてみようよ」
「分った。考えてみたら、観光地に住んでるのに、あまり散策とかした事がなかったわ。頑張ってみる!!」

 ちょっぴり恐いけれど、彼と一緒なら大丈夫という安心感が湧いてきた。

「ようし!!楽しみだな」
「うん」

 2人で軽井沢デート。こんな展開になるとは。

 でも、人は時に回り道や過ちを犯しても、遠回りしても、もう一度やり直すと言う事も可能なんだ。
杏樹はそう思った。
 もう一度、スタートからやり直してみよう。そして、一歩一歩前進して、修復出来ればいいなと思った。

 青空のように澄んだ広い心で……太陽のように、キラキラと明るい心で……。

(第15話に続く)



《注意》
 二人乗り自転車(タンデム車)は許可された場所でしか乗れないそうです。物語では、許可されている道路を走ると言う設定です。

< 14 / 32 >

この作品をシェア

pagetop