金色の陽と透き通った青空
第16話 夫婦として……
 軽井沢サイクリングはとても楽しかった。
 沢山笑い合って、はしゃいで、喋り合って、2人で沢山写真を撮った。2人でこんな時間を過ごすのは初めてだ。そして2人ともこんな幸せな時間を過ごすのは久しぶりだった。

 家に帰って来て、夕食後ダイニングテーブルで寛ぎながらお茶をする2人。元々夫婦だった2人。だけどあの時は夫婦であって夫婦じゃなかった。
 分かち会えば心通じ合うのも急展開といった感じだ。止まっていた2人の時間。これから本当の夫婦としての時間が刻まれていくのだ……。

「軽井沢に住んでから、ゆっくり観光地を見て回る機会ってなかったから、今日はとても楽しかったわ」

 色白で日焼けしにくい杏樹は、鼻の頭が真っ赤になって火照り顔で目を輝かせた。

「俺も凄く楽しかったよ。明日は2人とも足が筋肉痛かもしれないな」

 真っ黒に日焼けした智弘は、嬉しそうに頬杖をついて、杏樹を愛おし気に見つめた。

「杏樹の鼻……。日に焼けて真っ赤になっててトナカイみたいだぞ」

 真っ赤になった鼻が痛々しそうで、智弘は気になってしょうがない。

「えっ? やだ……。私、紫外線に弱いから剥けちゃうかも。日焼け止め塗って化粧したのにな」

 鼻の頭を両手で隠して、杏樹が照れ笑いした。

「ちょっと待ってて」

 智弘が氷水で冷やしたタオルを持って来て、杏樹に手渡した。

「これで暫く冷やしたら、少し良くなるかも。日焼けは火傷と同じような物だからな。冷やすのが一番だよ」
「ありがと……」

 智弘からタオルを受け取って、鼻の辺りに冷えたタオルを当てた。

「すごく気持ちいい。火照りがみるみるとれる感じだわ」

 暫くしてから、智弘が杏樹の隣に椅子を移動させて、顔を覗き込んできた。

「どれどれ。良くなったか見せてみて」
「少しは良くなったかしら?」

 タオルを外して、智弘に見せる杏樹。

「う〜ん……」

 難しそうな顔で杏樹の顔を覗き込んだ。
 その時だった……。いきなりキスをして来て「うん。少し赤みが引いてきたよ」悪さをした少年のようなイタズラっぽい顔をして笑った。

「キャッ!!」

 驚きの表情をして、杏樹が「もうっ!」っと苦笑しながら頬を膨らませた。

「ねえ、今日から一緒に寝てもいい?」
「えっ?」

 目を丸くして、驚きの顔の杏樹。

「だって...。やり直すことにしたんだから、今日から俺は夫でしょ?」

 ちょっと甘え顔で杏樹の顔を覗き込む智弘。その途端クルッと背を向ける杏樹。

「まだ怒ってる?」

 背を向けたまま答える杏樹。

「ううん。でも、私のベッド、とても狭いわよ」

 モジモジと照れながら俯いてホツりと言った。
 背を向けている杏樹の後ろから優しく包み込むようにふんわり抱きしめて、杏樹の頭に頬をくっつけて智弘が目を輝かせてこれからの事を語った。

「そのうち屋根裏部屋を2人の寝室にしないか? もっと大きなベッドに変えてさ……。階段は、もっと緩やかにリフォームしよう。杏樹が落っこちないようにね。どうかな?」
「うん。素敵ね……」

 智弘の広い胸に身を寄せるように杏樹もこれからの2人に、あれこれと夢を膨らませた。

「そのうち家族が増えたら、家を増築しよう」
「うん」
「じゃあ仕事頑張って稼げるようにならないとな!! 一生懸命頑張るからね」
「うん。期待してるから……」
「じゃあ今晩は? どうする?」

 智弘は優しく杏樹の髪の毛をてで梳くように、ゆっくりと撫で上げる。杏樹はその心地良さに酔う様に、うっとりした顔をした。

「じゃあ……屋根裏部屋で星を見ながら一緒には?」
「うん。いいね」

 杏樹の素敵な提案に、智弘は心躍らせた。

「あの部屋の天窓から見る星は凄く綺麗なのよ。今日はお天気もいいし、天窓を開けて暫く星を見ましょうよ。私ね、あのベッドに横になって、お天気のいい暖かい日には天窓を開けて星を眺めて良く楽しんでいたのよ。時々スーッと流れ星が流れて……とても幻想的で素敵なの。サイドテーブルの引き出しにね、星観察用の双眼鏡が入っててね、それで観察してたわ。月のクレーターも凄く良く見えるのよ。面白くてついつい夜更かししちゃって……朝寝ぼけちゃったのね……足を滑らせて階段から落ちた時には死んだかと思ったわ」
「大怪我をしなくて良かったよ。早く階段をリフォームしないとね。かわいい奥さんが大怪我したら大変だから。今日は、一緒にベッドに寝ころんで、星を見よう」
「うん」

 お互いにおでこをくっつけて、目と目を見交わせて微笑み合った。

「杏樹……」
「ん?」
「愛してる……」
「私も……」


 * * * * * 


 それから杏樹のお店は午後3時から6時までの3時間のみオープンに変更した。それでもありがたい事に地元に根づいたお客様は、沢山店に来てくれた。

 ヤードセールは月一回だけ開く事にした。その代わりに店舗の端に杏樹の手作りの物を置くスペースを設け、そこで販売する事にした。
 ヤードセールの事を知らなかった焼き菓子を買いに来たお客様が、手作り品を気に入って、焼き菓子と一緒に買って行く事も多く、作っても作っても品薄状態で、地元のハンドメイド好きな人にスペースを提供して、素敵な作品達も一緒に販売するようになった。
 それがきっかけで、店舗前にもスペースを提供して、地元の農家の野菜や、果物、花束を販売するようになった。店内では卵や牛乳も置く様になった……。
 だんだん何屋さんか分からなくなりつつあるけれど、スペースを提供している特権で、いいお野菜や果物、卵、牛乳などをいつも安く入手出来るし、頂く事も多く、毎月の食費は殆どかからないのじゃないかと言うぐらいで、ありがたかった。又、地元の人が沢山集まって憩いの場所のようになって、とても楽しかった。

 杏樹の住居のデッキのガーデンテーブルにもいつも人が集まって、笑いが溢れていた。

 お店の時間を変更したのには訳があった……。
 肉体労働の智弘に、ボリュームたっぷりで、栄養バランスの充実したお弁当を作って持たせてあげたいし、疲れて帰って来る夫の為に美味しい晩ご飯を作って待っていたかった。
 家事も手抜きをしないでちゃんとこなしたかったし、夫が一緒なら経済的にもゆとりが出来て利益を求めるよりも、少し仕事をセーブして、2人の時間を増やしたかった。
 近い将来には家族も増えるかもしれない。健康にも気をつけてあまり無理をしたくない。

 休日には、厳しい?!智弘コーチの指導で家の前で自転車の練習。案外とバランス感覚の良い杏樹はすぐに自転車に乗れるようになり、休日一緒に軽井沢を2人でサイクリングが決まり事のようになった。

 杏樹のお店のブログにも『旦那さん』という名称で、2人の写真が直々登場するようになり、旦那さんファンが沢山増え、時々月一回のヤードセールの時に手伝う生旦那さんを見にやって来る人も現れた。
 ヤードセールには、旦那さん作のブックエンドや、飾り棚なども販売されるようになり、なかなかの人気商品だった。


 * * * * * 


 やがて季節は秋から冬になり……。11月には初雪……。12月には一面真っ白な世界に変わった。

 休日杏樹は智弘と一緒に、お店脇に植えてあるとても立派なモミの木に、クリスマスの飾り付けをしていた。

「昨年は、ハシゴに上って1人で一生懸命飾り付けして大変だったから、とても助かるわ」
「そうかい?とても役に立ってるようで俺も嬉しいよ。これはこの辺かい?」

 智弘が赤いガラスの飾り玉を持って、杏樹の指示の下、木の枝にひっかける。

「そうね。いい感じ……。あ……それはもうちょっと左……うん。そう」

 モミの木の根本周辺に、電飾の置物を並べてクリスマスの飾り付けは完成した。

「それじゃあ、いよいよ点灯して見るか?」
「ええ……。凄くワクワクだわ……」
「いくよ」

 智弘が家脇のスイッチに手をかけ、onにした。

「うわぁ〜。綺麗...」

 モミの木や、店舗ガーデンハウスの電飾がキラキラと瞬き、とても幻想的な情景だった。

「本当に見事だな。まるでサンタの家の様だよ」
「ふふふ……。本当に。うちじゃないみたい。素敵だわ」
「よしっ。早速写真をとって杏樹のブログにUPしないとな……」
「最近『旦那さんファン』が増えてちょっと焼けるわ」
「焼きもちを焼いてくれるなんて!! 俺も出世したなぁ。だけど俺は杏樹一筋だから。それに杏樹ファンの野郎の方が心配だ。いつもブログで杏樹ファンの野郎に睨みをきかせてるんだ!!」

 智弘は睨みをきかせる表情をして、戯けて見せた。

「え? そうなの?」

 そんな智弘に、クスリと笑う杏樹。

「気をつけないと、フールのような奴とメル友になってしまうし」
「それってあなたじゃない!!」

 お互いに顔を見合わせて笑い合っている時だった……。
 東京のナンバーの車が家の前に止まり、中から第一秘書の関谷が降りてきた。とても慌てた様子だ……。
 その姿を見て、智弘の顔が険しくなった。

「関谷!! お前には何度も言っただろう。もう戻る気は無いし、それに俺は罷免された身だ。社とは何も関係のない身分だ。ここまでのこのこやって来るとは呆れるな!!」
「社長お願いです。すぐにお戻り下さい!! 会長がお倒れになりました」

 関谷が血相を変え苦悩の表情で言った。

「えっ!!」

(第17話に続く)

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