金色の陽と透き通った青空
第25話 すれ違う愛(智弘SIDE)
 ――杏樹は知らなかった。智弘の所に離婚届を置いてきてから、僅か数時間後には智弘が杏樹の事を思い出した事を……。それも、杏樹手作りの焼き菓子……マドレーヌが引き金になったとは!!
 その頃杏樹は、酷く具合が悪くなって寝込んでいた。吐き気まで襲ってきて最悪のコンディションだった。
 
 一方智弘の方は、離婚届をビリビリに破いてゴミ箱に捨てた。これで2度目の廃棄処分……。記憶を無くしていたとは言え、俺はまた彼女を悲しませるような事をしでかしてしまったのか!?酷く落ち込む。
 ――全く懲りない奴だ……。やっぱり俺は大ばか野郎のフールだ。

 それから慌てて杏樹に連絡をと思ったが、いざ電話をかけようと思ったら携帯のアドレス帳に杏樹の番号が載ってない事に気が付いた。そして、あの事故の時に携帯を紛失してしまい、秘書に新しいものを用意させた事を思い出した。
 秘書が初期設定をしておいてくれて、仕事関係などで必要な電話番号等のアドレスは、綺麗に整頓されてデータが入っているが、プライベート関係は全滅だった。
 プライベート用ノートパソコンにデータが保存してあるし、バックアップも取ってあるが、東京のマンション自室に置いてきてるし、外出もままならないし。あのマンションには、第一秘書の関谷も寄せ付けた事が無いし……。それにあいつは優秀だが総帥の息がかかっていて、100%信用が出来ない関係だ……。
 いつも何気なくかけている電話だが、アドレス帳に載ってないと、大切な人の番号も覚えてなくて、情けない物だな……。しかも、俺と杏樹の2人の関係に関しては、俺の回りには敵だらけだし、障害が多い。そんな針のむしろの中、杏樹は一生懸命俺の身の回りの世話をし、側で支え続けてくれたんだな……。
 思い出したい重要な事は忘れてしまい、記憶が戻っても、思い出したくない猜疑心で凝り固まり、ダークな感情を抱きながら、千晶と仲良さそうに演じて、杏樹を困らせたあの事が記憶に残ってる。
 記憶が蘇った事で、心の中に眠っていた良心が息を吹き返し、智弘の心をブスブスと罪悪の槍で突き刺し始め、心が痛くて痛くてしょうがない。

『そうだ!!』

 携帯のウエブで杏樹の店のホームページを検索して、店の電話番号を探してみた。

『あった!!あったぞ……』

 トップページには”臨時休業のお知らせ まことに勝手ながら、当分の間お店の方を休業させて頂きます”と書いてある。

『これも俺のせいだな……』

 ドキドキしながら、表示されている店の電話番号に電話をかけてみた。

 ――はい、『森の中の小さな焼き菓子のお店 アンジュ』でございます。
 
 杏樹の柔らかな声が聞えて来て、心が和んでホッとした。

「杏樹……。俺、智弘だけど……」
 
 そう言い終るか終らないかのタイミングだった……。

 ――いつもご利用ありがとうございます。お客様にはご迷惑をお掛けし、まことに申し訳ございませんが、店長の都合により、当分の間お店を休業させて頂くこととなりました。

 ただ案内のテープが流れてるだけだった……。

「くっそう……」
 
 もちろん杏樹に対してじゃない。愚かな自分に対して無性に腹が立った。そして気が付いた。杏樹が側にいないと駄目な自分。杏樹の事を忘れてしまっていた時の俺は、昔の俺だ!!人を信じず、傲慢で、大切な人を平気で傷付け、高い城壁を築いて決して人を中に入れない。
 杏樹の事を思い出して、素の自分に戻った時に、客観的に自分の姿が見えて来た。
 ――なんて嫌な奴だ!!可愛げが無くて……。素直じゃなくて……。
 こんな俺を心から愛してくれる人は、ただ1人杏樹だけ……。そして、俺の愛する人も杏樹だけ……。




  ――あれから数日が経った。杏樹は全く来なくなった。
 関谷は俺の手足となり、社の業務の事で手一杯で、なかなか軽井沢の病院の方にも来れず、杏樹がどうなっているのか?軽井沢のガーデンハウスの様子が分からない。
 あれから何度も店の方に電話をしているが、相変わらず案内テープが流れるだけだ。自宅の方にも電話があったが、番号が思い出せない。電話帳にも載せてなかった為、調べようがない。駄目元で、外出願を願ったが、許可が下りなかった。
 病院を抜け出したい気持ちだが、事故の事でもかなり騒ぎになってるのに、これ以上騒ぎを巻き起すような事も出来ない。

 千晶の件は、『記憶が戻ったから離婚する気は無いし、纏わりつくな!!病院にも来るな!!』と追い払った。怨念めいた言葉を吐いて言ったし、親の力を使ってなにか仕掛けてくるかもしれないが、それ以前に鷹乃宮グループが玖鳳グループの株を買い占めてるような兆候がある事が分ったので、即対処し未然に防ぐ事が出来た。この事で、無理をしたようだから、苦しい立場となるだろう。
 更に、大きなネックとなっていた中東支社の石油開発事業部の事態が好転、1億バレル越えの油田を掘り当て、会社の株が急激に上がった。黙っていても大手企業が手を伸ばして寄ってくる。だが、会社が苦境に立たされている時には背を向けていた企業とは提携は遠慮する。ありがたい事に、今回の件で、信用出来る会社とそうでない会社とはっきり振り分ける事が出来た。苦しい時に一緒に苦しんでくれた社を最前線に優遇しなければ。鷹乃宮グループとは、真っ先に手を切るつもりだ。今度はこっちが仕掛ける番だ!!逆に俺に苦しめられるだろう。

 杏樹の事は最優先に気になりながらも、体が回復する毎に業務は増え、結局ベッドの上から指示を飛ばす毎日だ。俺と杏樹の2人の件に関しては、あまりにも敵が多く、回りに使えそうな者が居ない。
 まるで牢屋にでも詰め込まれて、身動きが取れない自分に内心イラツキながら、何となく病室入口のスライドドアを見たら、少し隙間が開いてこっちの様子を伺っている者がいた。
 目深に被った野球帽に、サングラスをずらして病室を見回し、非常にオドオドしてて落ち着きがない……。怪しい!!非常に怪しい!!

「誰だお前は!!!」

《第26話に続く》





 


 

 
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