金色の陽と透き通った青空
第26話 怪しい男の正体
「誰だお前は!!!」

 非常に怪しい出立ちで、ドアの隙間から覗く姿はまともな人の様には思えない。智弘は身構えながら、ナースコールの呼び出しボタンを手にとり押そうとした。その時だった……。

「社長――っ。お……お久しぶりです」

 おどおどしながら素っ頓狂とも言える声でそう言われて、すっかり拍子抜けしてしまい、手に持っていたナースコールの呼び出しボタンを枕元に戻しつつ、怪訝そうな顔でその怪しげな人物を舐めるように繁々と観察した。

「はぁっ?!誰だ?」

 その男は、忍者のように軽やかに急いで病室に入ると慌ててスライドドアを閉めて、帽子とサングラスをとって、智弘の所に駆け寄ってきた。手にはお見舞いの花束と、山盛り盛ったフルーツカゴと、菓子折りの紙バッグと、沢山のお見舞いの品を抱えている。

「しゃ……社長、私です。工藤です」
「なっ……。工藤だったのか。久しぶりだな。いやあ参った……驚いてしまったよ。そんな格好をしてるから、すっかり怪しい人物かと思って警戒してしまったよ」
「すっ……すみません!驚かせてしまって。社長が大怪我をされたと聞いて驚いて、すぐにお見舞いをと思い、何度もお見舞いにと伺ったのですが、社関係の者とか取引関係者のお見舞いがひっきりなしで、なかなかこうやってこっそりとお会いする事が出来なくて。何と言っても私は公に会いに来れる立場ではないものですので……。で、お怪我の方は大丈夫なのですか?事故の事を知った時には心臓が止まりそうでしたよ」

 腰の低い、見るからに人の良さそうなこの男……。彼の名は”工藤誠一(くどう せいいち)”智弘の隠れ家的マンションの為に名義を貸し、手となり足となり、公私共に智弘を支えてきた人物だ。
 2つ年下の工藤は、智弘が室長として玖鳳グループ系企業に入社してきた時、同じ部署に新入社員として配属して来た。これが出会う切っ掛けだ。

 工藤は、家があまり裕福ではなくて、奨学金とアルバイトで学費と生活費を工面しながら、なんとか大学を卒業した苦労人でもある。勤勉で優秀だった彼は、卒業後、玖鳳グループに就職した。

 真っ直ぐで誠実で努力家、それは何処か杏樹にも共通する。彼のそんな部分が魅力的で、数少ない素の自分を見せられる信頼出来る部下だった人物。智弘は彼の事がとても気に入り、ずっと側近の秘書として自分の側に置いて可愛がった。

 あの隠れ家的マンションは、工藤が自分の名前で高額なローンを組んで購入、智弘がそこを賃貸で借りてると言う形にした。ローンの毎月の支払いは智弘が支払う賃貸料という形だ。信頼関係があってこそだ。

 あのマンションの存在が総帥にバレて、最後は智弘がマンションを工藤から購入という形で、ローンを抹消し名義を書き換え、今は智弘の名義になっているが……。この事と、智弘が会社を辞め、杏樹を追って軽井沢に行った事で総帥の怒りを買い、そのとばっちりを受けて、工藤は会社をクビになってしまった。自分の為に社を追われる事になってしまった訳だ。それなのにあの頃と変わらずに、自分の事を気にかけてくれ、こうやって見舞いに来てくれる。なんてありがたいんだと胸が熱くなった。

「心配かけてすまなかった。もうこの通り大丈夫だから!!」
「本当に良かった……。早く良くなって下さいね」
「ああ、ありがとう。ところで、生活の方は大丈夫なのか?何か困っている事とかはないか?俺のせいで社を追われてしまって、今でもとても申し訳なく思ってるんだ」
「私は大丈夫ですから、心配しないで下さい。社長のお陰で次の仕事の手配までして頂いて、解雇という形で退職したのにのかかわらず、こっそり退職金代わりの手当てまで沢山頂いてしまって、何から何まで……。本当に困った事はありませんからご安心下さい。社長には感謝してもしきれないぐらいです」
「こんな不甲斐ない俺に、そう言って貰えて本当にありがたいよ。工藤は今でも、一番信頼出来る俺の片腕的存在なんだ。いつかまた、一緒に仕事をしたいと思ってる」
「はい!是非私も同じです。その時を心待ちにしておりますから。あ……。これお見舞いです」

 工藤は懐かしさのあまり話しに夢中になって、手に山盛り抱えているお見舞いを渡す事を、すっかり忘れていた事に気が付いた。両手いっぱいのお見舞いの品は、智弘をとても大切に思う気持ちの様で、また、実直すぎて少し世渡りベタな不器用さも感じ取れる品々だった。そんな工藤の真心の籠った優しさに智弘は心が温まった。

「こんなに沢山、気を使ってくれてすまないね。本当にありがとう」
「いえいえ、とんでもありません。で……社長。もしかして何か悩んでおられるのではありませんか?」

 目敏く智弘の顔色や様子を見て、工藤はズバリと見抜いて言い当てた。

「いきなり。なっ……。何でそんな事が分かるんだ?」 

 アッサリと心の内を見抜かれて、たじろぐ智弘。

「そりゃそうですよ。ずっと社長のお側で働いてきて、社長の癖とか好みとか全て把握してますからね」
「なんだか怖いな……」

 一見おっとりしてるようにも見えるが、洞察力が鋭く読みも深い人並外れた能力のある工藤。

「社長は悩んでおられる時には、歯を食いしばる癖があるんですよ。だからそう言う時は口元がキュッと引き締まるんです。一見険しい表情にも見えますから、回りの者はそんな社長を見て、酷く怒ってらっしゃるように見えて、びくつきながら、遠巻きに、ご機嫌伺いに回ってしまうんですが。私は何か悩んでらっしゃるんだって気づいて、いつもその原因はなんだろう?尊敬する社長の心の負担を軽くして差し上げたいって、少しでもお力になれるよう努めて参りましたから……」
「さすがだな。工藤にはかなわないよ」
「で、早速ですが、私にお役に立てる事はありませんか?」
「実はとても困っていて、頼みたい事があるんだ……」

 やはり工藤は一番頼れる男だ!!工藤の顔が神仏にも見えて来て、拝みたくなってくる。智弘は心の中でそう思った。


 * * * * *


 社長の頼み事……。こんな事ならお安い御用です!!工藤はそう思って早速その足で、『森の中の小さな焼き菓子のお店 アンジュ』に向った。社長の話では、ずっと電話が休業のお知らせテープが流れるだけで、とても気になってるらしいが……。

 病院から車を飛ばし、軽井沢の別荘街に入って少し行った所に絵本から抜け出たような、ガーデンハウスが見えて来た。
 もう雪もすっかり消えて、まだ冬の寂しい雰囲気の全体的にベージュを基調とした色調の森の雰囲気だが、もう少し温かくなれば青々とした新緑に塗り替えられていくだろう。
 工藤は、お店手前のオールドアメリカン風のブラウンのピケットフェンスの前に車を寄せ駐車し、車から降りて、店舗入口に向った。どうやらお店はオープンし、再開しているようだ。店舗前にはブリキバケツに花束が沢山入ってる物が並んで売られていた。籐のカゴに入った、地元の季節の野菜なども並んで売られている。『良かった!!』工藤はホッとした。

「いらっしゃい」
「あ……。どうも」

 隅の方に置かれたガーデンテーブルコーナに、地元農家の店番のおばちゃん達と買い物に来た人らしい人達3人が、顔見知りのお馴染の様子で、輪を描くように座って、一瞬全員で工藤の方を見たが、また世間話に興じはじめた。
 工藤は木の枝風の持ち手に、重厚なロートアイアンの金具の付いたブルーの板壁風ドアを開け店舗に入っていった。お店脇の冷蔵ショーケースには、地元産のヨーグルトや牛乳、プリン、ジュース類などが綺麗に並んで陳列されているが、正面の大きなショーケースには大きな白い布がかけられて、そこだけは静寂に包まれてる雰囲気だった。

「あれっ?いないな……」
  
 店内を見回したら誰もいなくて、仕方なく店の外に出て、おばちゃん達に声をかけた。

「すみません。このお店の店長さんは、どちらでしょうか?」

 店番のおばちゃんが、気の毒そうな表情で答えた。

「もしかして、おめえさん、菓子を買いに東京から来たかいや? 折角の所わりいんだけど、店長さんは今不在でね、菓子の方は当分休業なんだ」
「ええっ!!」
「私達は鍵を預かって、ここいらを借りて地元野菜の販売をしてるんだ。場所を無償で借りてる代わりに、交代で家の方の管理もしててね。ずっと留守にしてると家も痛むでしょう?時々窓を開けて風を通したり、ちょっと埃掃除したりね」
「いったい。店長さんはどちらに居るんですか?」
「さあてね。どこ行ったんかや」

《第27話に続く》

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