金色の陽と透き通った青空
第27話 杏樹の居場所
「さあてね。どこ行ったんかや」

 ちょっと目を泳がせながら惚け顔のおばちゃん達。素朴で嘘をつくのが苦手そうだけれど、懸命にごまかそうとしてる雰囲気が見え見えだ……。

「あの……。実は、杏樹さんのご主人から頼まれて来ました。ちょっとした行き違いがあって、奥さんと連絡が取れなくなってしまって、とても心配されてて、今、必死になって居場所を探している所なんですよ。ですからお願いします。ご存知なら教えて頂けませんか?」
「そう言われても、あたしらも話さないで欲しいって頼まれたもんで……。困るよ~。どうしたもんかねぇ。それに、あんちゃは、杏樹さんのご主人とどんな関係なのかも分からんし……」

 ちょっと怪しげな探るような顔で、工藤を繁々と見つめる。回りのおばちゃん達も、警戒している雰囲気だ。

『もしかしたらオレオレ詐欺みていな詐欺師じゃないかぁ?』
『気いつけた方がいいで』

おばちゃん達の疑わしい、コソコソ声も聞えてくる。

「そうですよね。いきなり教えて欲しいって言われても、普通、簡単に面識のない者に居場所とか教えたりする訳ないですよね。私は杏樹さんのご主人の経営してる会社の、元秘書だった者ですが、今その社長が事故で大怪我をして入院している事はご存知ですか?」
「あちゃまぁ!そうなんかや。最近旦那さん見かけんと思ってただに。とても心配してたんだら。だけど、なんして旦那さんがそんな時に、杏樹ちゃんは、家空けたりするんだら?」 
「それには色々と複雑な訳がありまして……。今、社長が軽井沢の総合病院に入院してて……」
「まあ、あんちゃもここ座って、ちょっと話を聞かせてくんなましょ」

 ――その後は、工藤も丸いガーデンテーブル席に呼ばれ、席に付き、おばちゃん達の質問攻めに遭い……。今までの経緯などを一生懸命話した。おばちゃん達は、大きな会社の社長と聞いて大変驚き、交通事故に遭ったと聞いてまたまた驚き……。社長が一時記憶障害になって離婚を迫り、奥さんが届けを置いて消えてしまったと聞いて、またまた驚き……。あまりにも突拍子のない、物語の様な話しに益々怪しまれつつ……。工藤の実直で礼儀正しくソフトな物腰で一生懸命に話す姿に、態度を硬化させていたおばちゃん達も、段々と重い口を開きはじめ……。最後は杏樹の知人宅の番号を教えて貰うことができた。

 ――何でも南房総の海にも近い森の中のコテージに住んでいて、その知人所有の家を借りているらしい。
 その知人はコテージの経営管理と酪農と農業経営をしており、今は手放してしまったようだが、昔、海藤家の別荘がそのすぐ近所にあり、杏樹は幼い頃より毎年その別荘を訪れ、そこに来るとその人と一緒に遊んだりしていた、所謂幼なじみという関係らしい。
 そこは、自然が豊かで携帯の電波も通じないような所で、連絡はその知人宅の引き込み電話が唯一の連絡手段だそうで、言伝を頼んだり、呼び出しで折り返し電話をして貰って連絡をとるらしい……。


 * * * * *

 
 「 ――と言う訳です」

 工藤はおばちゃん達と別れた後、早速智弘に報告の連絡を入れた。すっかり日も暮れて、病院の面会時間は過ぎてしまった為、携帯電話でおばちゃん達から仕入れた情報を伝えた。

「ありがとう。とても助かるよ。しかし……。まさか、そんな所に居たとは……」
「また何かお困りの事がありましたら、遠慮無く私に言って下さい。いつでもお力になりますから」
「とても助かるよ。工藤も、困った時には遠慮無くいつでも頼って来てくれて構わないから。ああ……。それじゃあ」

 智弘は、工藤からの電話を切った後、早速、その知人に電話を入れてみる事にした。杏樹はどんな反応をするだろうか?自分を許してくれるだろうか?とても緊張感する。
 工藤から聞いた番号をメモした用紙を見ながら、番号を入力する。数回呼び出し音が鳴ってから、カチャリと電話が繋がった。

「はい。神崎です」

 杏樹より少し年上のような、落ち着いた感じの女性の声がした。

「あの……。私、玖鳳杏樹の夫ですが……。どうも初めまして……。突然お電話して申し訳ありません。杏樹がそちらでお世話になってると言う事を聞きまして……。杏樹はおりますでしょうか?」

「………………」
 
一瞬沈黙になり、招かざる者からの電話なのだと、ありありと感じた。

「あの……。もしもし……」
「杏樹の元御主人様ですね。今更杏樹に何のご用がお有りでしょうか?」

 完全に自分に対して不快感を抱いているのを感じた。

「いえ……。今でも夫です。事故の後遺症で、不覚にも妻の事を忘れてしまって、本当に酷い態度を取ってしまったと深く反省している所です。今は妻の事も思い出して、戻って来て欲しいと願ってます。ですから……」
「杏樹から大体の話しは聞いてますけど……。事故の後遺症で、お気の毒な不可抗力な出来事だったという事も理解出来なくもありませんが……。もう、杏樹が可哀想で……」

 低いトーンの声で、心の内に怒りを秘めてるようなそんな雰囲気漂う返答だ。自分が悪い事は十分分っている。何とか杏樹に代わってもらえないかと、相手のご機嫌を損ねないように必死の智弘。

「もう、本当に深く反省してます。その事も謝りたいし、お願いです、杏樹に代わってもらえませんか?」
「御主人。杏樹は今ここにいません」

 ズバリ! といないと言われて、智弘は唖然とする気持ちと落胆と不安な気持ちが交差した。

「えっ?そちらにお世話になってるのではないのですか?」
「確かに、彼女にコテージを一件貸しましたが、いまは体調を崩して病院にいます」

 入院と聞いて更に不安な気持ちが大きく膨らむ。杏樹に何があったんだ!!

「えっ?どこが悪いのですか?」
「御主人。本当に何も分かってないのですね。もしかして杏樹が妊娠している事もご存知ないのですか?」
「ええっ?」

 妊娠と聞いて、心が張り裂けるような気持ちになった。杏樹は一人で抱え込んでさぞかし心細い思いをしただろう……。

「本当に全く……。ご自分のお子さんが危険な事も知らないなんて!!杏樹は切迫流産で流産しかかって、近所の病院に入院してますから!!」
「えええっ!!」

 妻が妊娠している事も、初めての我が子が危険な状態な事も……。何もかも知らず……。本当に不甲斐ない夫だ。自分を思いきりぶん殴ってやりたい心境になった。兎に角杏樹に会いたい!!


《第28話に続く》





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