金色の陽と透き通った青空
第28話 懺悔
 太平洋を一望出来るオーシャンビューの個室病棟、近代的な医療設備、錚々たる有名医師の面々……。こんな地方にと思われる所に近代的な立派な総合病院がある。アメリカの国際的病院認証機構でJCIの認証を受け、VIP専用の入院病棟や、レストランやカフェ等々施設も充実。日本の病院ランキングトップにも名を連ねる病院だ。

 杏樹は、頼れる知りあいが近くに住んでいる事、自然が豊かで子育てに良い環境、そして何より優れた病院が近くにある事という条件を念頭に置いて、この地を選んだ。

 いつかはまた軽井沢に戻ろうとも思っているが、色々ありすぎて、智弘との思い出も沢山詰まりすぎてしまったあの場所からは暫く離れて、心機一転気持ちを切替えてまた新しく前に進もうと決心した。

 内心もう結婚は懲り懲り……。2度も離婚届を書く羽目になるとは……。だが、結婚も悪い事ばかりではない。子供という大きな宝物を授かったのだから……。お父さんと兄弟のいない子にさせてしまうのは申し訳ないけれど、でも、その分いっぱい愛してあげよう。母子2人で楽しく暮らして、一緒に幸せになろう。

 ――そう決心してここにやって来た……。

 簡単な身の回り品しか持って来なかったけれど、慌ただしく引っ越しの荷造りをして、幼なじみの美帆姉(みほねえ)を頼って、コテージを借りて引っ越して来て……。
 無理してしまったかな?ここに来て数日して、下腹部に少量の出血があり、慌てて病院に行って即入院となってしまった。
 
 今は絶対安静状態……。やる事も無く、ずっと寝ている状態は辛い……。余計な事をあれこれと考えてしまう。

 智弘は、あれから順調に回復してるのかしら? もう離婚届は受理されたのかしら? 千晶さんと仲良くしてるのでしょうね? 事故の後遺症だから仕方がないと思うけれど、それでもやはり悔しくて、智弘に恨み言の一つでも言ってやりたくなる。いいえ……。一言では収まり切れないわ。

『どうして私の記憶だけ消えてしまったの?』『何で忘れてしまったの?』『私の記憶が消えてしまってもいいわ、もう一度初めからやり直せばいいのだもの……。それなのに、どうして私じゃなくて千晶さんに魅かれてしまったの?』『あの軽井沢の日々は幻想?』『きっと彼の一時の心の迷いだったんだわ。真実の愛ではなくて、一過性の愛』『智弘の馬鹿!!』『あなたなんて嫌い!!』『どうぞうどうぞ……。千晶さんとお幸せに!!』

 色々な感情が生まれては消え、消えては生まれ……。心が苦しくなって、溜息を一つ吐いた。我慢してるのに目には涙がじんわりと溢れてくる。そう言えば、もう私を泣かせないって約束したじゃない。それなのに……。

『智弘のうそつき!!』

「はぁ……。もうやめよう!!」自分に言い聞かせるようにポツリと呟いた。今更恨み言を吐いても仕方がない。結局自分が苦しくなるだけで前に進めない。今は、この子の命が助かりますようにと祈るだけ……。

 杏樹はまだ膨らんでもいないペッタンコのお腹を優しく撫でた。今、小さな命がここで懸命に生きようと戦っている。『頑張って!私の小さな愛する天使。神様……どうか私から子供まで奪わないで!!』


 * * * * *


 オーシャンビューを一望出来る大きな窓から、レースのカーテン越しに柔らかな午後の日差しが優しく入り込み、部屋に温かみがほんわりと広がり、何とも言えぬ心地良さがあって、杏樹はウトウト眠気に誘われていた。
 そんな杏樹の手を誰かが手にとり優しく撫でる。『だれ?美帆姉?』それがまた心地良くてもっと深い眠りに誘われていった。

「………………」

 どのぐらい寝ていただろう……。深い眠りからゆっくりと、現実の世界に引き戻されて……。でも、まだ誰かが手を握ってる。女性の手ではないような、指が長くて少し大きめで関節が少し骨っぽい。まるで男の人の手みたい……。男の人!?だれ?『えっ?』と思ってゆっくりと目を開けたら、智弘が居た。『うそっ。幻覚かしら?』

「………………」

 すっかり思考回路が停止状態で、ボーッとその幻覚を見ていた。

「杏樹……」

 ――――幻覚が喋った……。
 その幻覚は、頭に包帯を巻いて、ニット帽をかぶって、パジャマの上にガウンを羽織って、車イスに座って自分のベッドの側に居る。

「………………」

 手を伸ばして、その幻覚の顔に触れてみた。

「杏樹……」

 ――――幻覚がまた喋った……。うそっ!!何で軽井沢に入院している人がここに居るの?まっ……まさかあの後容体が急変して死んじゃったの?まっ……まさか……幽霊???
 ゾワーッと背筋が凍りついてきて、ガバッと飛び起きた。

「ごめん……ごめん。驚かせちゃった?」

 苦笑しながら、居心地悪そうな様子の智弘。

「まっ……まさかっ。あなたっ。死んじゃったの?幽霊??」

 両手で智弘の顔を挟み、覗き込むように顔を近づける。

「嫌……。とっても元気。大丈夫、生きてる」
「い……いったい。どういう事なの?」
「杏樹を追って、軽井沢の病院からここに急遽転院して来た。本当にごめん。杏樹の事、全て思い出したんだ……。本当にすまなかった」

起き上がっていた杏樹はヘナヘナと力が抜けて、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。

「本当にごめん。あの離婚用紙は破り捨てて破棄したから。千晶も追い返したから。謝っても謝り切れないけれど、本当に俺が悪かった。許してくれ!!」
「………………なんか………………力が抜けてしまって。言葉が出て来ないわ」
「本当に、君には酷い事をしてしまった。何であんな大切な事を忘れてしまったのか……。自分自身を呪いたい気持ちだよ。本当にごめん」
「あの事故の後遺症だから、あなたが悪くない事も分かってる。でも……。まだ許してあげない。まだこの怒りは収まらないわ」
「俺の事怒ってもいいし、恨んでもいいよ。それだけ酷い事をしたのだから……。でも、またやり直そう。もう俺の前から居なくならないでくれ」

 智弘は優しく包み込むように杏樹の手を取り、申し訳無さそうに声を震わせて言った。

「全く……。あなたって……。ばかっ!!!」
「本当に、ごめん……」
 
《第29話に続く》


 

 
 

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