空色の瞳にキスを。
男は消えてもなおいくらか叫んでいたが、炎が消えたことに気がつき呆然とした。

「大丈夫?狂ってない?」

近づいてきたユリナから嫌味なく男はそう尋ねられた。

足場にいるユリナが少し視線を下げれば野次馬に混じってサシガネとトキワが見えた。サシガネは大きく手を振っているし、トキワはこちらを見て小さく笑っている。

「どういう意味だ。」

男がユリナを睨み上げる。
ルグィンの近づいてくる足音を聞きながら、ユリナは言葉を選んで答えた。

「私が呼んだソウレイは、炎の龍神であると同時に夢幻を司る龍神なの。」

男の目が見開かれた。か弱く細い女魔術師に負けたことへの屈辱が、やっと現実になってくる。

「あの技は炎と夢幻を合体させた魔術。あなた、焼かれてないでしょう?
だから、あなたは幻で……」

呆然とした男の眼にきつい光が宿る。
言いかけた彼女の目の前で刀が踊った。反射的に避けたが、男の刀が浅く、速く左頬を走った。痛みが、驚きと共に襲ってくる。

「──いっ……。」

瞑った左目の際から頬にかけて走った赤い線から、血が流れ落ちる。

「てめ……!」

ルグィンは慌てて男の刀をもぎ取り意識を奪い、二度目の攻撃は避けられた。

ユリナと呼ぼうとして、ルグィンは目を見開いた。

「ルグィン?」

男二人をちらと見たルグィンが、急にユリナの腕を引いた。

「きゃ、」

野次馬から冷やかしが聞こえるが、今はそんなものに構っていられない。ぐら、と傾いだ身体は、ルグィンに受け止められた。驚くユリナの耳元に囁きが聞こえた。

「ユリナ、左目、今すぐ隠せ。頬を治すのと同時に、今すぐ。」

「う、うん。教えてくれてありがと……。」

それだけ言われればユリナには分かった。今はユリナを演じるナナセの使う魔術の中で、姿を変える変化の魔術の次に解けやすいのが、この魔術だ。

ユリナは紺色の魔法陣が浮き出た空色の瞳を閉じて、自身の瞳と頬に魔術をかける。

他に瞳を隠す方法が分からなくてルグィンが抱き締めた。

ただそれだけなのに、ユリナの、ナナセの心がひどく揺らいだ。
人に触れることには、まだ慣れない。知らない気持ちばかり生まれる。

いくらかしてもういいよと言うユリナが言うと、ルグィンはするりと彼女を放してやる。彼女の顔を覗き込んで、消えた左目の魔法陣に頷いた。

「さて、降りるか。」

「あ、うん。」

ユリナは染まった頬を隠すように俯いた。あ、と声を漏らしてユリナがルグィンを振り返った。

「ちょっと待ってて。」


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