狼さまと少女
青年は全く気配を感じさせない様子で目の前に座っていた。
「名は何と言う」
金色の目が私をじっと見つめている。
おそるおそる私は名乗った。
端正な青年の顔は少しも動かない。
そして表情のないまま口を開いた。
「俺の事は千歳と呼んでくれ」
「……千歳様…」
名前を呼ぶと、青年-千歳様はどこか優しげに目を細めた。
初めて動いたその表情に、胸が高鳴る。
思わず見とれていると、千歳様の手が私の手をやんわりと掴んだ。
容姿と変わらずその手も美しい。
掴んだ私の手を引き寄せて、千歳様は自身の口元へと運んでいく。
ぼんやりとその様子を見ていると、千歳様は私の手に唇を寄せた。
驚いて思わず手を引いてしまい、千歳様に謝罪する。
「申し訳ありません…」
「謝らなくていい。…驚かせてすまない」 「い、いえ。大丈夫です」
「…そうか」
お互いに見つめ合っていると、千歳様は徐に身を乗り出した。
綺麗な顔が近づいてきたと思えば、頬に柔らかな感触。
口付けられたのだと分かり、更に赤くなっていく。
そんな私を見ていた千歳様は、くすりと笑い私を抱き上げた。
「千歳様…?」
「なんだ」
「どちらに?」
「…決まっているだろう?」
抱き上げられたまま耳で囁かれる。
私は千歳様の肩に顔を寄せる。
心臓が痛いくらいに鼓動している。
このままだと壊れてしまうのではないかと可笑しな事を考える程に。